日本の「環境防衛隊」の組織化に期待

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1972(昭和47)年に、「国連人間環境会議」がスウェーデンのストックホルムで開催されました。私の会社、環境コンサルタントを生業とする「グリーンブルー」は、この同じ年に産声を上げています。また、この年はローマクラブが「成長の限界」を明らかにした年でもあります。18世紀に産業革命が始まり、そして、近代兵器による戦いとなった第一次世界大戦は、1914(大正3)年から1918(大正7)年の5年間にわたって行われ、多くの人々が亡くなりました。大量破壊兵器が造られたことによるものです。その後の第二次世界大戦では、1939(昭和14)年から1945(昭和20)年の6年間にわたって戦いが続けられました。第一次世界大戦とは比較にならないほどの、大勢の人々が亡くなりました。人類の夢をかなえる希望の光として見られていた科学技術が、人々の命と環境を破壊する結果をもたらしました。戦争は、現在でもあちこちで起きており、多くの尊い命の犠牲と、築いた生活基盤の破壊をもたらしています。戦争は最大の環境破壊であることは、誰もが認めるところです。自然環境は、私たち人類にとっての恵みであり、この破壊が許されないことは誰もが理解しています。しかし残念ながら、日々どこかで戦争が行われ、破壊が進められています。科学技術は、私たちの生活を豊かにするものと期待されていましたが、むしろ大規模な環境破壊をもたらしています。

私たちの地球はどこかおかしい。皆さん、そう思いませんか。第一次、第二次の大戦で、戦争の恐ろしさを多くの人々が知りました。しかし21世紀に入っても、武器を持って互いに殺し合い、さらに環境の破壊も進んでいます。再生が困難な化石燃料を多量に使用し(戦争は環境破壊と化石燃料の加速度的消費)、加えて有害化学物質を拡散させています。地球温暖化の危機が叫ばれ、炭酸ガス(CO2)の削減について議論されていますが、すでに温暖化による被害が現実のものになっています。

1989年、ベルリンの壁の崩壊で東西冷戦時代が終わり、世界は自由主義と資本主義経済の下で、豊かになれるチャンスが与えられたと多くの国民が喜びました。しかし、それはつかの間で、その後26年が経過した今日に至っても戦争はなくならず、大国は覇権争いに終始しています。

私は、環境問題に強く関心を寄せる人々には、インテリが多いと見ています。多くの一般の人々は、環境が良くなることは望んでいても、自ら積極的な行動を起こすという状況にはないようです。日本は本当に平和そのものです。お隣り中国、韓国とは、政治的にはギクシャクしていますが、争いには至っていません。経済交流、文化交流は行われています。しかし、環境問題については、改善の兆しは少ないというのが実際です。日本は21世紀に入って、欧米に続き、越境汚染の脅威にさらされるようになってきました。しかし、越境汚染の取組みには欧米とは大きく差があり、進展が見られません。「環境問題」について、具体的にどう考えどう取組むべきか、おそらく殆どの日本人は考えていないと思います。ただし、日本では、企業の環境担当に向けた、CSR活動の必要性ならびにそのレポート作成のセミナーや若者に向けた環境教育といった活動は見られますが、国際的には認知されていないのが現状だと考えます。

私は、「環境力」とは何ですか、と問われたことがあります。環境問題解決を生業としている私は、強く環境問題に関心を寄せています。そして、この問いに、私は「環境力とは戦争阻止力」だと答えました。日本の環境NGOやNPOは、インテリ層で構成されています。環境問題認識は、学生を含め一般の人々とのギャップが極めて大きい。例えば、日本でも比較的レベルの高い大学の院生に向けたゼミで、IPCC”について聞いたところ、誰一人IPCCが「気候変動に関する政府間パネル」であることを知らない。これは、環境を生業にしている者ですら知らないものが多いいことから、当然かもしれません。

日本のNGO、NPOの国際性は、極めて遅れているように思います。世界の関係機関との接点を持ち、活動が行われていることは、聞いたり、ネット等で読んだりして、知ることはできます。しかし、彼らの国際的な影響力は、殆どないに等しいと考えています。カーボン・フット・プリント(CFP)、バーチャル・ウォーター(BW)、カーボン・ディスクロージャ・プロジェクト(CDP)、ゼロエミッション、ターゲット2℃、カーボン・リサイクル・フィードバック(CRF)、エコ・エフィシェンシー(EEF)といった環境問題用語は殆ど外来語であり、日本が造り出しその活動の結果が世界的に評価され、前進を見た事例は殆どないのが実際です。

前述した通り、「環境力」とは「紛争(戦争)を阻止する力」だと、私は解釈しました。日本では、人の命はかけがえのない大切なものであるとよく紹介されますが、世界の紛争地帯で毎日多くの人命が失われていることに対して、鈍感になっています。世界の先進国はせっせと武器を造り、紛争地帯で対立する双方に武器を売り、利益を貪っています。資本主義経済とは、自然を収奪し、資本(利益)の最大化を求める経済システムです。

このままでは地球は早晩、崩壊すると警告を発する科学者。しかし、彼ら科学者の力は、現実世界の矛盾を大きく変えることには結びついていません。つまり、政治家を、人々を、動かせないのです。資本主義経済のグローバル化の加速は、オフショアビジネス(GOB;Global Outcrossing Business)を拡大させ、多国籍企業は、こぞってタックスヘイブンによる利益の恩恵を受け、富の偏在を加速させています。

2014(平成26)年現在、世界の食糧生産量は、1年間で24億トンと報告されています。一人の人間が1年間に必要とする食糧は、穀物換算で180kgと説明されています。24億トンは、現在の地球人口72億人の食糧を賄って余りある量と、試算されています。それでも7億5千万人が飢えていると報告されています。「環境資源」、「資本」、「科学技術」、「食糧」、「人材」、「武器」、「紛争」、「水」等の偏在が、今日の地球の矛盾を造り出していることは、間違いありません。

私たちを取り巻く生活環境、そして自然環境が、私たちの財産であるとの考えに異論はないにしても、日本発の地球規模の環境改善活動が、現実的効果を造り出していないことは、日本人として悲しいことです。

日本は変わらなければなりません。多くの人々がそう思っています。10年後、20年後を見据えた、世界に通用する人材育成と、その人材の世界に向けた拡散を急ぐ必要があります。 城山三郎著の「真昼のワンマンオフィス」に、日本人が誰一人いない奥地に入り込み、ソニー製品の売り込みに汗したという物語が綴られています。これからは、環境破壊防止に汗する日本人の戦士(環境防衛隊という意味)の育成が不可欠です。「地球を救うのは、日本人の使命だ」とする人材の育成が欠かせないと考えています。

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