日本はニクソン大統領の脅しを受け、環境行政に力を入れ成果を上げた国

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1978年の改革開放以来、中国は目覚ましい経済発展をしています。2009年にGDPで日本を追い抜き世界第2位の経済大国になりました。中国の経済発展は、果たして良かったのか悪かったのか、現時点では評価は難しいところですが、地球環境の持続性と言った点からは、大きな負荷要因を抱える国として、望ましい状況にはない。日本は、かつてニクソン大統領から「公害を垂れ流す国」と環境教書で脅かされ、慌てて公害国会を開催し、重要14法案を成立させ、1971(昭和46)年に環境庁を誕生させ環境行政をスタートした経緯があります。環境への取組みが主体的ではなかったとはいえ、日本は10年後には見事に公害を克服した国としてOECD(経済開発協力機構)に高く評価を受けました。動機はともあれ、日本人気質が公害撲滅に向かって一丸となって取組んだ結果は、環境改善という大きな成果を創り出すことに成功しました。

私の中国への思いは、経済発展の必要性は分かりますが、人命を犠牲にしてまでお金を追及するあり方は、おかしいと気づいていただきたい点です。国家のリーダーは往々にして経済発展が、リーダの仕事だと認識しているようです。豊かさが、国民が求めている姿だと思い込んでいる節があります。団塊の世代が後期高齢者に近づこうとしています。3人に1人の老人大国がすぐそこに迫っています。高齢者破綻、孤独死、過疎を通り越し限界集落化している地方の村、高度経済成長を続けてきた先の姿は、このような老人が不安の感じる、不都合な社会形成ではなかったはずです。

他国に脅かされても、動じない主体性を持った国家づくりを期待したい!

中国に対する戒めは、強く求めるにしても、自国日本のあり方について、もっと青春に汗し働いてきた老人に優しい、安寧に暮らせるシステム作りに、力を入れるべきです。日本が理想郷になる。言葉では簡単に言えますが、政治や経済の仕組みは、その方向を目指しているとは、多くの老人のみならず、若者も感じているのではないでしょうか。やはり、現在の資本主義では、格差を生む社会形成に合った仕組みのように思います。教育、人材育成のあり方を早急に改める必要を感じています。ICT(Information and Communication Technology )は、世代を超えて格差を生む形となっています。学校教育における浸透はもとより、社会人になった大人がこれを学ぶ機会(それを業としている人々は別です)を、またお年寄りに向けた学ぶ機会も密度高く行える仕組みをが必要だと考えます。好きや嫌いで受け止めるべきものではなく、これからの社会の恩恵を受けるには欠かせない基本的なスキルと認識していただく機会を設け、積極的な刷り込みのための取り組みが必要のように思っています。

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