食への不信 焦る中国企業(日経2013/6/28)を読んで

一昨年の平成23(2011)年10月、日本の焼肉店で牛レバーや牛肉ユッケを食して食中毒を起こした事件については、記憶に新しいところです。原因は、腸管出血性大腸菌(O157、O111など)によるものでした。そこで、平成24年度における日本の食中毒件数ならびに被害者数を調べたところ、食中毒件数が約1,100件、被害者数でおよそ26,700人を数え、11名の死者を出しています[1]

ところで、中国で深刻な「食品公害」事件が頻発している背景について、6/28の日経朝刊に掲載された表題の記事に関して、私なりに少し考察を加えましたので、以下に紹介いたします。

中国において、2013年の今日までに摘発された食品事件数は4,500件を数え、逮捕者数が8,200名以上に達しているというもので、この中国の食品事件は日本の食中毒とは比較にならない事案です。なぜならば、中国における食品事件の多くは人為的なもので、言い換えれば「食品公害」と呼ぶべきものだからです。平成20(2008)年、中国製の餃子(日本のJT製品)に有機リン系殺虫剤“メタミドホス”が故意に加えられたものを、日本の消費者が食べ何人かが中毒症状を起こした事件は、すでに5年も経っていますが、ついこの間のように思い出されます。残念ながら、この事件の原因究明はなされていません。日本で「食品公害」事件と言えるものには、1955年の“森永ヒ素ミルク事件”や1968年の“カネミ油症事件”(天ぷら油がPCBによって汚染)、そして1970年の整腸剤キノホルムの服用によって引き起こされた“スモン病”などがこれに当たると考えられます[2]

中国の食を揺るがす内容は、例えば、ピータン(皮蛋)を作るのに工業用の硫酸銅を投入したケースや、肉の赤みを増すために“塩酸クレンブテロール[3]”を投与した事件等は、明らかに確信犯的な「食品公害」事件、すなわち犯罪と呼ぶのが適切ではないかと、私は考えます。新聞記事では、中国人の所得向上に伴い、食の安全・安心に対する関心が高まってきたことによるものと紹介されていますが、果たしてそうでしょうか、私には、これは全くピントはずれな見方のように思えてなりません。例えば、蒙牛乳業が2008年に粉ミルクに有害物質である“メラミン”を混入させた事件、また前述の塩酸クレンブテロール投与事件などは、中国でも大手食品会社で起きており、これら有害物質が誤って混入されたというものではなく、その有害性について知っていて起こした事件だと言うことです。「企業の社会的責任」もあったものではなく、人を欺いた「食品公害」事件が4,500件も摘発されたということではないでしょうか。所得が向上し食の安全に関心を持ち始めたのではなく、こうした問題を表だって言うようになった中間層が出てきた、と言うのが実態のように思われます。こうした事態は異常であって、日本のマスコミは「中国の食品企業大手が見出した活路は欧米の企業との連携」と紹介していますが、まさに木を見て森を見ない記事内容であり、中国が抱える根の深い問題点、事件の本質を覆い隠すものとなっているのが極めて残念に思います。中国公安省が摘発した「食品公害」事件の4,500件は、明らかに人を欺いた農業生産品や食品加工製品が市中に出回ったことを示すもので、これらは氷山の一角のように思われます。この理由として、呉軍華氏(日本総合総研所理事)が「週刊ダイヤモンド」2013/04/13号に、次のようなショッキングな記述をされていましたので紹介します。

『“癌村”の出現など、近年の中国において、環境破壊絡みの事件が頻発してきた。環境破壊は中国にとって今に始まった問題ではない。ただし、水から米までの食品全て“特供”(特別供給)されている上層部にとっては、水源地の汚染も、“癌村”も、かなたで起こった問題であった。しかし、“北京スモッグ”や“北京咳”といった造語が中国の環境破壊の深刻度合いを表す言葉…中略… 北京は環境破壊に直撃されている。しかも、“特供”できない空気が汚染されている。…中略…「これでわれわれが習近平や李克強といった最高指導者と平等になった」と言った冗談(中国式ブラックユーモア)…人々の怒りと無力感が漂う…』。如何でしょうか、これが中国の現状です。

さらに、「食の終焉」[4](ポール・ロバーツ著、p.349)の中から興味あるパラグラフを見付けましたので、それを以下に紹介しましょう。

食の安全性に関して、中国が遅れているのはウイルスの研究ばかりではない。どう少な目に見積っても、このアジアの巨人が、その食システムを欧米諸国が受け入れ可能なレベルまでに安全なものにするには、十年の歳月と一千億ドル(7兆六千万円)以上の費用がかかる。ある意味で、中国製食品の価格の安さは、それだけの金を安全性の向上に費やしていないからこそ実現しているともいえる。

なお、「食の終焉」が日本で刊行されたのは2012年3月、前述の内容は1990年代後半の情報に基づき書かれたようです。したがって、食の安全について、時間的にはとっくに改善されていてよいはずですが、投入すべき費用の7兆円以上は使われなかったとすれば、問題の深刻さは推して知るべしと言うことになります。

如何でしょうか。中国の「食品公害」、そして環境破壊の深刻さ、隣人として捨て置けない大きな問題点です。