中国「空の渋滞」経済に影、損失、年に8,000億円試算(日本経済新聞:2013/09/18)/中国北京市民の健康被害補償額は、軽く1兆円を超す

中国「空の渋滞」経済に影、損失、年に8,000億円試算(日本経済新聞:2013/09/18):中国の経済発展により、国内外のから航空機の乗り入れが増えたことで、発着の遅れが続出。フライトスタッツ(Flight Stats)社によれば、北京首都国際空港の国内線、国際線をあわせた出発便のうち定期通りに飛んだのは全体の28%。こうした状況は上海の浦東国際空港も同様で、同空港では27%と、世界の主要空港でワースト1、2を北京と上海で分けあっているのが現状だ。原因は、便数の増加もさることながら、大気汚染による視界不良も遅れの大きな要因となっている。中国民用航空局の発表では、2012年度における発着遅延理由の順位は、航空会社の業務遅れが39%でトップ、2番目は航空官制によるものが25%、次いで、大気汚染や視界不良が21%となっている。中国における大気汚染の深刻さは、すでにYouTubeで紹介した通り、北京、上海のみならず広州、西安等、他の主だった都市ならびにその周辺も同様である。経済的な損失が年間8,000億円にも上ると紹介されているが、人への健康被害については全く触れていない。

中国北京市民の健康被害補償額は、軽く1兆円を超す:新唐人テレビ日本(NTD Japanese)

チャイナニュースによれば、中国の大気汚染はロサンゼルス型と発表している。汚染物質にはPM2.5のみならず、光化学オキシダントベンツピレン、亜硫酸化ガス(SO2)や二酸化窒素(NO2)など、極めて毒性の強い化学物質が含まれている。中国には、日本のように公害による人の健康被害を補償する制度、すなわち「公害健康被害補償法」などの法律が未整備であるため、治療は自己負担となっている。

北京市の大気汚染問題を、日本の四日市公害]と比較すると次のようになる。四日市市の人口は約30万人、健康被害補償法に基づき支払った総額は211億円(1990年、環境庁若手官僚よる「地球環境経済研究会」が試算)、一方、北京市の人口は約2,000万人、仮に人口比で同市の健康被害補償額を試算すると1兆4千億円にも達する。大気汚染被害の実態は北京市にとどまらず、周辺の河北省や天津市、上海市ならびにその周辺、広州市とその周辺、西安市とその周辺等、これら地域にも公害健康被害補償が仮に適用されるとした場合、ざっと見積もっても数兆円に達するものと思われる。空港における飛行機の発着の遅れで生じる被害額の比ではないことは容易に理解できよう。

もっと始末の悪いことには、中国が抱える公害問題は大気汚染だけではなく、残る典型4公害(水質汚濁、土壌汚染、悪臭、騒音・振動)も深刻で、かつて日本が経験した激甚公害(水俣病]イタイイタイ病第二水俣病川崎公害尼崎大気汚染公害PCB汚染、名古屋新幹線訴訟、等々)に伴い支払った健康被害補償額を、中国に適応した場合、想定される汚染の規模から10~20兆円は下らないと考える。北京、上海空港が語る大気汚染による運航の遅れの影には、こうした厳しい課題が見えてくる。一日も早く日中関係を改善し、日本の持てる力をフル出動させ、中国の激甚公害撲滅を願うのは、私だけではないであろう。


 

21世紀後半以降、私たちの孫の代には気候変動の自己増幅が

大変な被害をもたらした台風18号、横浜の午後7時の夜空、眩いばかりの月の光、まさに台風一過というのでしょうか、でもこれを見て楽しんでいる場合ではありません。今年の異常気象について、ざっと振り返ってみました(出典:日本経済新聞2013年9月3日号)。

  1. 5月24日:大分県日田市で猛暑日(摂氏35℃以上)を記録
  2. 6月13日:気象観測地点のうち33地点で猛暑日、6月としては過去最多
  3. 7月8日:山梨県甲州市で38℃強を記録
  4. 7月9日:同甲州市で今年初の39℃強を記録
  5. 7月10日:気象観測地点のうち100地点で猛暑日
  6. 7月11日:140地点で猛暑日
  7. 7月28日:山口、島根県で特別警戒相当大雨(これまでに記録したことのない大雨の意)
  8. 8月9日:秋田、岩手両県で特別警戒相当の大雨/加えて、200地点で猛暑日
  9. 8月10日:甲府市と高知県四万十市で40.7℃を記録(40℃超は6年ぶり)
  10. 8月11日:297地点で猛暑日
  11. 8月12日:四万十市で41.0℃を記録(観測史上最高)
  12. 8月13日:四万十市で4日連続40℃超え
  13. 8月16日:754地点で真夏日(30℃以上)を記録
  14. 8月24日:島根県西部で特別警戒相当の雨
  15. 8月26日:53日ぶりに猛暑日ゼロ
  16. 9月2日:埼玉県越谷市と千葉県野田市で竜巻
  17. 9月4日:徳島市、名古屋市80~100㎜/hrの雨(特別警戒相当の雨)/ 栃木県矢板市で竜巻
  18. 9月16日:台風18号が紀伊半島から東海、関東そして東北、北海道で温帯低気圧に/景勝地京都嵐山の前を流れる桂川が反乱、また福知山市の由良川も氾濫し      市内ほぼ全域に避難勧告(特別警戒相当大雨)

如何でしょうか、いずれもその被害の大きさに驚きです。かつて経験のないほどの大雨、その水の威力になすすべもなく、被害をただ茫然と見つめなければならない状況、誰がこんな事態を予測したでしょうか。

多くの皆さんは、今から41年前の1972年に“ローマクラブ”が発表した「の限界」はご存知だと思います。その当時の執筆者の一人であるヨルゲン・ランダースは、「成長の限界」から40年が経った2012年に、「2052」(今後40年のグローバル予測)を発表しました。書籍の冒頭に、何故、この時期に発表したのか、その一つにこう書かれています。「しきりに未来について心配していた10年ほど前、私は、人類が直面している難問の大半は解決できるが、少なくとも現時点では、人類は何らかの手立てを打つつもりがないのだと確信した。だからと言って世界が終わるわけではないが、地球の未来はあまり明るいものではないことを、それは意味していた。だが、そう悟ったことによって、むしろ苦悩は和らいだ。つまり私の自らの敗北を受け入れたのである。」2052、p.21より。

私は、読み始めたばかりで、現段階では、内容についてもっと立ち入って説明できる状況にはありませんが、「成長の限界」の発表から40年間、地球上で起こる様々な不都合について、人類は、予防措置はもとより、すでに起こっている事象への対処すら真剣に取組んでこなかった。21世紀末までには、まだ時間がある。ならば、2012年からの次の40年間の処方箋に加え、更なる強い警鐘を鳴らすというのが、この本の趣旨だと、私は捉えました。同書のp.474に「人間が地球の限界に適応するプロセスは既に始まっている。これから40年間はエコロジカル・フットプリントを抑えようとする取り組みが続くだろう。人口とGDPの伸びは鈍化するが、それは数々の取組が功を奏したというよりむしろ、都市化が進み出生率が低下し、また、社会不安のせいで生産性が低下し、世界全体の20億人にも及ぶ貧困層が依然として貧しさから抜け出せないでいることからもたらす結果である。一方、資源効率は飛躍的に向上し、気候に優しい解決策も目覚ましい進化を遂げる。そして、人々の価値観は、所得を増やすことより、個人の幸せを重んじる方向へとシフトする。」…「それでも…人間の対応は時期を逸したと言わざるを得ない。未来を決めるカギとなるのは、人間活動に由来する温室効果ガスの排出量である。」…そして、最後に「手に負えなくなる可能性が極めて高いのだ」と締めくくっています。

2013年、5月から始まった異常気象の数々、誰もが地球温暖化が大きく影響していることを認識し始めました。ヨルゲン・ランダースによれば、これが遅いと指摘している。異常気象は、日本のみならずヨーロッパもロシアも、インドでも中国でも、そしてカナダや米国でも発生しています。

すでに温室効果ガスの削減では間に合わず、異常気象に備えた対策を急ぐべきだという議論に変わってきています。日本はどうでしょうか、この1年間、こんなにも異常気象によるダメージを受けながら、これらに対処する対策を打ち出しているでしょうか。ようやく平成25年8月に、気象庁は尋常でない大雨や津波等に対して、従来の「特別警戒」からランクを上げた「特別警報」基準を明らかにしました。一歩前進と言えるのかもしれません。

特別警報が出ることで、避難に対する迅速な対応は取りやすくなりますが、防災に向けた対策の視点では全くと言いてよいほど明らかにされていないのが実態です。人命救助を第一に、でも生活のための家や仕事場、畑などの財産をどう守るのか、これらの対策手法の構築が急がれます。


[1] 日本経済新聞朝刊2013/09/03

深刻な大気汚染に見舞われている中国古代の都、長安(西安市)

秦王朝と前漢までのメモ:戦国時代(紀元前241~221年)、秦王政・楚・斉の五国を制し、中国の統一を成し遂げ、最初の皇帝(始皇帝)となりましたが、11年後の紀元前210年に、巡幸中に49歳で死去しています。始皇帝の死因は、不老不死の薬として服用していた水銀による中毒死の可能性が高いようです。始皇帝が没した数年間は、劉邦と項羽との小競り合いが続き、劉邦が項羽を打ち負かし、前漢の初代皇帝(202~195年)高祖となります。前漢と後漢を合わせ400年も続いた背景には、秦時代の制度、例えば、度量衡を始め文字の統一、郡県制、さらには北の匈奴の脅威に対する防衛(主に強力な防衛軍の組織化と長城建設)等、つまり政治、官制、法制、経済、文化を引き継いだことによると言われています。したがって、漢の歴代の皇帝は、秦始皇帝をモデルに国を統治する努力をしたことが長期政権を維持できた背景だと言われています。中でも、初代高祖のひ孫に当たる漢の武帝、すなわち第7代目の皇帝劉鉄(紀元前156‐87年)は、69歳と長生きをしています。劉徹は、始皇帝が残した偉業を超えたいという強い願望の持ち主で、始皇帝が果たせなかった、匈奴の脅威を払いのけた実績があります。騎馬戦には騎馬戦を、と優れた将軍を見出すことでこれを実現しています。しかし、自分の老いと優れた将軍を失った後は、再び北からの脅威にさらされることになります。この漢の武帝の時代に太史令に任じられた司馬遷がおり、司馬遷は架空の人物と言われる黄帝(五帝の一人で農業の神様的存在≒五帝伝説、聖人としての性格を持つ)から前漢時代の皇帝、武帝までの歴史を「史記」として書き残しています。

深刻さを増す西安の大気汚染:西安市は中国陝西(センセイ)省の省都であり、前述した通り、中国古代の諸王朝が都とし、中でも、中国を初めて統一した秦の始皇帝の陵があり、始皇帝の陵の一部である兵馬俑(1987年に発掘された世界遺産)はあまりにも有名です。西安はかつて長安と呼ばれ、古代より政治の中心地として西周からからの都城と十数の王朝の都として千年の歴史を有す古都でもあります。また、シルクロードの玄関口としても有名です。その西安市の今日は、他の中国の主だった都市で見られる大気汚染問題が極めて深刻な状況にあることを、今回の旅で実感しました。前述した通り、長安を都城とした十数の王朝は、始皇帝の時代から北の匈奴や金からの侵入を阻止するために、万里の長城を営々と作り続け、その長さは、当初、六千キロメートルに及ぶと言われていましたが、最近の調査研究によると、なんと2万キロメートルにも達していたようです。現在の長城は、一部は自然崩壊で失われ、また、煉瓦を家の建築材料として盗み取られ、失った量も少なくないと言われています。なんとも中国らしい話です。ここで注目すべきことは、この長城の建設に使われた煉瓦は一部、天日干しの煉瓦も使われたようですが、大半は粘土を焼き固めて作った煉瓦が使用されています。そして、この煉瓦を作るために、多量の森林資源が切り倒され燃料に使われ、それによって広大な森林資源が失われたようです。加えて、中国はすでに紀元前200年には、金属製錬技術を有しており、農具や武具あるいは装飾品などが鉄や青銅で造られ、また、貨幣も鋳造されています。これら製錬のために使用された燃料は同様に木材が主流で、この結果、豊かだった森林資源が失われたようです。なお、こうした金属の加工技術や貨幣経済における物の取引には、物の重さや長さを計測する、いわゆる秤(はかり)や物差しが必要です。つまり前述した度量衡制度が、二千二百年前の始皇帝時代に導入されていたと言うのですから、中国が単に永い歴史を抱えていると言うだけでなく、レベルの高い技術ならびに経済社会システムを抱えていたことは驚きです。

砂漠化した黄土高原の背景:ところが、文明社会を守るために建設された長城の煉瓦、加えて武具の製造や貨幣の鋳造等の燃料に多量の木材資源を利用したことにより、豊富な森林資源を抱えていた黄河上流ならびに流域が裸の地に変わってしまった。文明の維持を図らんとした結果があだとなり、緑豊かな大地を今日の黄土高原という砂漠地帯に変えてしまったことは皮肉なものです。こうした状態に至らしめた姿を、「木を切って滅んだ文明」と表現されているようです。過去、栄華を誇った多くの文明が、自然資源を浪費した結果(森林を失うことは水資源も失う、水の不足は穀物など食糧生産も立ち行かなくなる)、滅んだことは多くの人の一致した見方です。

いつか通った道を踏襲している現在の中国実情:私はつい先日、8月24~27日にかけて「北京」と「西安」に行ってまいりました。かつては頻繁に通った中国ですが、最近はとんとご無沙汰です。しかし、娘の仕事の勤務地が4月から北京に変わったこともあって、陣中見舞いも兼ねて「北京」に、そして娘の案内で「西安」に足を延ばし大気汚染の実情を見て参りました。今回の中国の旅は、特に、今年の冬(2013年2、3月)、に北京で顕在化したPM2.5による汚染問題。日本にも越境汚染してきたことから、日本中が大騒ぎになったことは記憶に新しいところです。大方の見方では夏には改善するであろうと言うことでしたが、改善されるどころか強い日差しの下、光化学反応によるオキシダントの出現で、深刻の度合いが増しているのが実際です。8月4日に放映されたBSドキュメンタリーWAVE「中国PM2.5と戦う」を、自ら体験することができました。娘の陣中見舞いを兼ねて「一人公害視察」という目的を持って、中国入りしましたが、果たして最初に洗礼を受けたのが、羽田を飛び立ってから2時間半を過ぎた頃、遼東半島から渤海湾に侵入、そして天津上空に差し掛かったころから、飛行機は突然どす黒い雲(スモッグ)に突っ込んでいき、約30分間近くスモッグの中を飛行しました。その後、北京空港に近づいた時には、視界は改善されたものの、それでも黄色の霞がかった状態でした。天津上空で経験した視界不良のどす黒い雲(スモッグ)は、只者ではないと実感しました。課題は、北京だけが問題ではなく北京を取り巻く、天津や河北省に重大な汚染源があり、それらは殆ど対策が取れていなのではないかと思ったくらいです。誠に残念なことに、往路の渤海湾から天津、そして北京の空を写真に治めることができず。その後は強く反省し、スマホ、デジカメ、携帯ビデオを肌身離さず、これと思われるタイミングで写真を撮りまくりました。

スモッグに煙る西安空港

写真-1 スモッグに煙る西安空港

写真-1は、8月25日の西安到着後の西安空港の空、

秦始皇帝陵博物館から麗山を臨む

写真-2 秦始皇帝陵博物館から麗山を臨む

写真-2は、始皇帝陵博物館広場から麗山(リサン)の山並みを撮影したものです。

スモッグで煙る西安市内

写真3 スモッグで煙る西安市内

写真-3は、西安の宿泊所から都心に向って撮影したものです。

黒っぽく赤く見える雲はスモッグの塊

写真-4 黒っぽく赤く見える雲はスモッグの塊

写真-4は、8月26日夕刻、西安空港から飛び立って15分後に眼下にした雲の景色です。雲がどす黒く赤っぽく見えるのが分かりますが、まさに濃厚なスモッグです。飛行機の窓を隔てて不気味な暗さに、大気汚染レベルが如何にひどい状況にあるか、まさに肌感覚で知ることができました。幸い、飛行機という防護服を着ての体験でしたが、これが地上にも降り注いでいると想像すると、とんでもないことが起こっていることは容易に想像されます。北京の科学院の関係者は、これらはロスアンゼルス型のスモッグであり、人間に大きくダメージを与える有機化学物質を確認したと報道しています。おそらく、光化学オキシダントや硝酸塩、硫酸塩、さらにベンツピレンや重金属等も多く含まれ、人体に対して甚大な被害をもたらしているものと思われます。

日本では、こうした状況をかつて「激甚公害」と呼んでいましたが、まさに中国はその激甚公害の真只中と言えます。日本のみならず世界がこの状況に対して、対策の手を差し伸べなければ、中国は公害で破たんをきたす恐れがあります