ガジェワット”と“カーボン・オフセット”を考える!

発展途上国と日本のような先進国とでは、エネルギーよる恩恵の受け方が大きく異なります。ところが、電話線を必要としない携帯端末の普及は、先進国も途上国もない、この手元に乗る小さな「道具」は瞬く間に世界を席巻してしまいました。携帯電話機やタブレット端末のような関連する道具(ガジェット)は、今日ではいずれも電気なしでは使えません。

ちょっと、アフリカの田舎町を想像してみてください。道は舗装されていないし、皆は素足で歩いています。みすぼらし掘立小屋に唯一電気が通っている光景、その小屋のコンセントからいくつものコンセント口が付いたテーブルタップコードが出ている。これにハエが群がるように携帯電話からの充電ケーブルが張り付いている。通信の手法はついこの間まで、大げさに言えば狼煙であったのが、今や衛星や無線アンテナを使って携帯電話でコミュニケーションを取っています。こうした現実を見ると時代が変わってしまったことがよくわかります。これが“パラダイムシフト”という実態です。世界のいずれの国も電気なしには生活が成り立たなくなってしまいました。つまりエネルギーが不可欠であると言うことです。一台のテーブタップにハエが群がるように携帯電話が張り付き、電気エネルギーという血を吸っている光景。ダニエル・ヤーギン著の「探究」では、こうした携帯電話などの電子機器(道具)を「ガジェット」と呼び、そのガジェットが電気≒ワットを消費する様を「ガジェワット」と表現しています。

アフリカのこうした村では、まだそうではないかもしれませんが、私たちの身の回りを見渡すと、様々なガジェットに取り囲まれています。いずれの道具も電気なしには動きません。デジタルカメラ、パソコン、スマートフォン、タブレット端末、DVDプレイヤー等々しかりです。一つのガジェットの電気消費量は大した量ではないでしょうが、使い続けるためには頻繁に充電をしなくてはなりません。結果的には電気の需要は増すばかりで、ひとたび停電でも起きようものなら、たちまち私たちの生活はマヒしてしまいます。

最近こそ見なくなりましたが、ついこの間までは、コンビニエンス・ストアに「このコンセントで携帯端末の充電が可能です!」と張り紙をよく見ました。今は、ガジェットのエネルギー供給のための充電器が普及し、今度はこの充電器が吸血鬼よろしく、コンセントにぶら下がる姿に変わっています。

グーグルが、発電所の近くに事務所を設けたいとする考えは、あながち誇張されたものではないようです。つまり、「電気くい虫」が、私たちの身の回りに氾濫してきているということです。コンピューター社会は省エネに通じると説明された時期がありましたが、必ずしもそうとは言えない。一人が持つガジェットの数を考えて見てください、それらがみんな電気くい虫です。

そこで、ダニエル・ヤーギン氏は、彼の著書の中でこういっています。“ほとんどだれもがエネルギー源とは考えていない重要なエネルギー源が一つある。それは「節約」あるいは「効率と呼ばれるものだ”と。

原発の再稼働の是非論が喧しく言われています。後から後から出てくる身の回りの製品は、どれも「ガジェワット」と呼ばれる電気くい虫です。やはり、ダニエル・ヤーギン氏が指摘しているように、“ほとんど誰もがエネルギー源とは考えていない重要なエネルギー源について、真剣に考えるべき時代が到来したということでしょうか。私たちは重大な課題を突き付けられていると思います。こうした視点で見ると、”カーボン・オフセット制度“も重要なエネルギー源の生産活動であり、省エネとCO2削減につながるコーベネフィットな有意義な活動と言えなくもないと思うのですが、皆さんはどう考えますか?

カーボン・オフセット(J-VER)制度の疑問点

五月を通り越し、夏が到来したかと思わせる気象状況が続いている。以下の「 」の部分は、Enviro-News from Junko Edahiro No. 2325 (2014.05.13) からの一部抜粋と、その次は、私の地球温暖化に関する一つの見方を綴ったものである。

「2013年はエルニーニョ現象(地球の気温を押し上げやすい海洋・大気循環パターン)が発生しなかったにもかかわらず、1880年の観測開始以来最も気温の高い年の上位10年に入った。この上位10年は、1998年(強いエルニーニョ現象が起きた年)を除けば、すべて2000年以降で占められている。しかし、重要なのは年単位の記録よりも長期的な傾向である。地球の気温の場合、明らかに上昇の一途をたどっている。」

以上の通り、もう「地球温暖化」は周知の事実として温室効果ガス(GHG)の削減はもとより、すでに異常気象に備えた取り組み、竜巻や豪雨、巨大台風、そして猛暑などについては、今後その頻度が高くなることは間違いないとして、私たちはその対策を急ぐ必要がある。例えば、竜巻に遭遇しやすい地域の住宅は、竜巻の被害から逃れるために地下室にシェルターを設けるとか。また、野菜や果物の栽培は、ハウスでも簡易なビニールパイプとビニールシートで作られたものではなく、浸水や風、豪雪などに耐えうる堅牢な植物工場と言えるものが造られる必要があると考えている。植物工場は、かなりのスピードでその広がりを見せているようだ。コストアップにつながることは避けられないであろうが、付加価値の高い作物ならばリスクヘッジの視点から、また、植物工場における栽培面での国際競争力を持つ農業の在り方を変えるチャンスでもあると考える。要するに、異常気象の頻発によるダメージを最小にすると同時に、国際競争力のある栽培技術の確立が急がれる。

また私は、植物工場の建設部材に日本の木を多用することを推奨し、期待している。その背景には、2008〜2012年の京都議定書における温室効果ガス(GHG)の削減目標における森林吸収の取り扱いに、ある種、違和感を覚えたからである。ご承知の通り、京都議定書における削減目標値は1990年比マイナス6%であった。この目標は、京メカクレジット(CER)と炭酸ガスの森林吸収分を組み入れることで、かろうじて目標を達成したと報告されている。そもそもこの5年間のGHG削減目標は、批准国すべての排出量を加算しても20数%にしかならず、日本の産業界は、日本のみが経済競争力的に大きなハンディーを背負ったゲームで、大量排出国である中国と米国の参加がなければ効果的でなかったと、その問題点を指摘している。言い分はその通りであろうが、この2か国を同じテーブルに載せる意味でも、この第一約束期間の努力は無駄でなかったとの強い政府メッセージが必要のように思った。世界における経済競争の上で、自国が大きなハンディーを背負いたくないとする考えは分かるが、その努力をしたが故に、GHG排出削減の新しいハードルを逆に世界に提示し、新規のビジネスルールを逆提案し、国際競争ゲームを有利に仕掛けていくというアプローチがあっても良いと考える。

昨年5月のマウナロア観測所で観測された炭酸ガス濃度は400ppm、2014年の今は430ppmである。前述のEnviro-Newsのとおり気温の上昇は明らかであり、その対応策は待ったなしである。

遠回しになったが、京都議定書の森林吸収の議論は、これが決まるまでには賛否両論があり、かなり懐疑的な意見を持つ国が多かったとする記述が残っている。議論のポイントは、どれだけの国で、自国の森林経営をしっかりできているのか、それを検証する手立てがないという点にあったようだ。遡上に挙げられた森林吸収は、あくまでも適切な森林経営管理がされた上での考え方であり、殆どの国ではこの森林経営管理がなされていないというものであった。ならば、この吸収分については、京都議定書の要件から外そうとの意見が展開されたとする記述も残っている。日本は、COP3の開催国として、最終的に森林吸収分を削減目標値として組み入れることを押し切り、結果的に助けられた形となった。次回は、日本は森林経営をどの国よりもしっかり進めることで、森林経営管理の必要性ならびに優位性を国民全体で知る機会を作るとどうなるか、世界に先駆けて森林経営の理想形を作ろうではないかとする国家目標が多くの国民の間で合意され、この活動に火が付く。その一事例が、今ベストセラーになっている「里山資本主義」の考え方である。岡山県真庭市から始まって、オーストリアの森林経営の実態に学び、そして、高知県が真庭市の手法を採用したいと、県知事が真庭市に日参した話。この動きを日本全体の森林において実現させる。2020年までに国内材利用率を50%にする林野庁の目標も、これらの動きがあれば現実のものとなることが考えられる。この活動を全国で進めることを期待したい。国有林、県有林、市有林、村有林そして民有林、その管理実態には大きな違いがありすぎる。

京都議定書の約束年の期間中に、県が森林経営管理をした結果、管理目標よりも多く吸収された炭酸ガス分をJ-VERクレジットとして売り出した。この動きは比較的多くの地方自治体で進められた。しかし、ここで疑問に思う点がある。日本は2008〜2012までの5年間、日本全体の森林吸収分として1,300万t-C(炭酸ガス換算4,760万t-CO2)を目標値に組み込むことが許された。しかし、その森林の一部を経営管理し、吸収した炭酸ガス量をクレジットとして発行したということは、国連の気候変動枠組締約国会議(IPCC)が日本に許可した森林吸収分の二重使用に当たらないかということである。つまり4,760万t-CO2の一部がクレジット化されたことになる。このクレジットでカーボン・オフセットする行為は、森林吸収分の二重使用にならないかということである。私は、最近になってこの事の疑問を持つようになってきた。

それはそれとして、第一約束期間は過ぎたのだから、現在は森林経営することで生み出されるクレジットを、日本国内で使用することができるとする考え、これも無理があると考える。2013年11月、ワルシャワで開催されたCOP13で、日本は拘束力のない2020年までのGHG削減目標値として、2005年度排出実績のマイナス3.8%を約束とした。この3.8%の内訳は森林吸収分が2.8%で、実質の削減努力は1%と説明されている。このように、拘束力はないものの、日本の炭酸ガス削減量に森林吸収分を織り込んだならば、再び県単位の森林経営によって作り出されるクレジットは、二重使用になってしまわないか。

こんな疑わしいやり方を取るなら、いっそのこと日本の森林の炭酸ガス吸収量4,760万t-COを、そっくりそのままクレジット化し、森林によって恩恵を受けている価値として、国民にクレジットを買ってもらい、この資金で運用評価機関(仮に日本森林財団)を設立することを勧めたい。

日本の森林は、毎年8,000万m3作り出されるという。これは日本が1年間に、実際に使っている木材量に匹敵する。このうち国内材の利用率は27%に相当。これを林野庁は、前述したとおり2020年度までに50%以上にしたいとする目標を掲げている。安価な外材を差し置いてこの目標を実現することは極めて困難が伴う。そこで、私は植物工場を木造で建設することを提案したい。特に閉鎖型の完全制御型の工場は、エネルギー多消費施設と言えるもので、温暖化リスクを回避する堅牢な植物工場を木造で建設する行為は、日本の森林経営を盛んにすることと、植物工場が持つ温暖化の加速要因を相殺する上からも辻褄のある手法になりうると考える。まして、この植物工場が世界で競争力を持つ施設だとなれば、日本の森林育成(経営管理)、炭酸ガス吸収の明らかな加速、植物工場への木材使用が工場でのエネルギー使用との相殺に、そして他国より優れた植物工場ノウハウを持つことになるとするならば、石田梅岩の「三方よし」を上回るメリットを引き出す可能性を有することになる。

都道府県の森林経営を、(仮称)日本森林財団の資金で後押しする。ただし、適切な森林経営と森林資源の効果的活用が支援の前提となることは言うまでもない。

日本政府が中国への無償資金協力で建設した「日中友好環境保全センター」 と日本のプレゼンスについて

1972年、田中角栄首相と周恩来首相との間で日中国交正常化が図られたことは、多くの日本人が知るところです。この国交正常化交渉では、戦後賠償についても話し合われたようです。結論は、中国はその賠償を日本に求めない形で合意がなされています。暗黙の裡に、その後は日本から中国に向けた様々な有償、無償資金協力、すなわちODAプロジェクトが進められ、これが賠償に当たるものとして受け止められているようです。
こうした流れの中で、日中国交正常化10周年記念事業として、10周年の1982年に遅れること6年後の1988年に、日本の当時の竹下登総理大臣は、中国政府には、経済発展に伴い公害を発生させるという日本の二の舞を踏んでいただきたくないとの思いから、総額100億円の無償資金協力を行い、首都北京に「日中友好環境保全センター」の建設を進め、1996年に完成を見ています。

建設後は、中国の環境の専門家を育成するために、日本政府はフェーズⅠ〜Ⅲのプログラムを用意し、第一フェーズでは、技術系職員のキャパシティービルデング(能力開発)を、次いで第二フェーズでは、センター施設内の機材の充実に加え、さらに一段ステップアップした人材育成を、そして第三フェーズでは6.5億円を掛けて、同センターに基づき培われたキャパシティーをベースに、中国国家環境保護第十次五年計画(2001〜2005年)で掲げた三つの政策(1)「環境汚染の未然防止を中心とし、未然防止と汚染処理を両立させること」、(2)「汚染者が汚染を処理し、開発者が環境を保護し、利用者が環境汚染(破壊)を補償すること(PPPの原則)」、(3)「環境管理を強化すること」と、九つの環境管理制度{①環境影響評価制度、②「三同時」制度 (開発に当たって、法に基づき主体工事と同時に環境保護施設の「設計」「施工」「運転」の3つをいう)、③排汚費(汚染物質排出費)徴収制度、④環境保護目標責任制度、⑤都市環境総合整備に関する定量審査制度、⑥汚染物質集中処理制度、⑦汚染物質排出登記・許可証制度⑧期限付き汚染防除制度、⑨企業環境保護審査制度等} を実施に移すことであった。この時の国家環境保護局長は解振華氏で、中国の環境行政に大きな前進が見られるものと期待されていた。また当時の国家主席は江沢民氏から胡錦濤氏にバトンが渡された時期でもあった 。

日中国交正常化以来、中国に向けたODA(政府開発援助)は、金額にしてざっと3兆円を超えている。日本は中国に対する支援には、発電所や空港建設などインフラ整備にとどまらず、特に中国の経済発展に伴い危惧される、環境汚染対策に関する援助に力を入れてきたことは、前述「日中友好環境保全センター」のフェーズⅢを見ても明らかです。繰り返しになるが、日本が起こした激甚公害を中国にはくれぐれも起こしていただきたくない。そのためには日本政府は過去の経験を惜しまず中国に提供する用意があり、このことに鑑み「日中友好環境保全センター」が造られた。私はそう理解しています。当初は、環境保護の第十次五か年計画の内容にも見られるように、中国の環境保全・保護政策はうまく行くかに見えましたが、21世紀もすでに14年が経過した今日、中国に日本と同じ轍を踏んでいただきたくないと願いは、全く覆される形で深刻な激甚公害の抱えてしまったのが、現在の中国です。厄介なのは、中国は人口と言い、面積といいあまりにも巨大な国家であり、したがって大気汚染、水質汚濁、土壌汚染、食品汚染、悪臭公害、自動車公害、騒音・振動、地盤沈下等、すべての環境問題に強力な赤信号が灯っていることです。
日本政府は、日本国民の税金である膨大な資金(技術供与や人材育成等の支援)を中国に向け使ってきたにもかかわらず、中国の環境の現状は日本が期待した真逆な状況に置かれています。一体全体日本政府は私たち国民の浄財を使って、中国に対して何をしてきたのでしょうか、結果がこれですかと問いたい。私は日本人として日本政府の中国に対する取り組みについて、強く憤りを感じています。

中国はGDPでは日本を抜き世界第2位の経済大国になっています。一人当たりのGDPも平均で5,000ドル超す状況にあります。日本政府は、中国政府に対して深刻な環境問題の解決に向け直ちに行動をお越し、その成果を作り出すべきであると、もの申すべきです。日本の10倍の人口を抱える中国が、こともあろうに日本の50〜60年前の激甚公害を再現させ、多くの中国国民を苦しめている。日本政府は、現在も中国に向けて環境保全分野は無償資金協力(ODA)を進めています。8年前の2006年に実行された中国全省に亘る黄沙モニタリング体制の整備事業では、数十億円もの設備機材と人材支援が行われましたが、日本政府はこれらモニタリングネットワークで採られている一切のデータを、知らされない状況です。何のための援助だったのでしょうか。

ここで改めて認識しておいていただきたいことは、日中国交正常化から1990年初頭までの援助資金の価値と、その後の支援資金の価値とは大きく異なることです。例えば、1988年当時の一人当たりのGDPの日中比較を行うと、中国を1とすると日本は100に相当していました。累積の援助総額が3兆円を超すといっても、発展途上の中国に向けて援助資金の価値と、経済力をつけてきた95年以降の援助資金の価値とは、およそ異なるということです。つまり、莫大な資金援助と人材をつぎ込んだ環境保全協力の結果が、今日の中国の姿か、となると多く日本国民は黙っていない。故に、中国が起こしている激甚公害に対して、早期に解決すべきことを日本政府は中国政府に強く迫ることは当然の行為であると考えるのは、私だけでしょうか。

ところで、中国の経済発展に加速度がついたのは、マイクロソフトのWindows95が発表された 1995年以降です。つまり、世界がインターネットで結ばれてからです。ここで残念なことは、中国は経済発展に伴い拝金主義に走り、環境保全対策に対して蔑ろにしていることです。「三同時」もあったものではありません。2010年には日本を抜いて世界第2位の経済大国になりましたが、一方で最悪な公害国家になってしまっています。

日本もかつて“アジアの奇跡”と言われるほどに、戦後、目覚ましい経済発展を遂げましたが、一方で、前述したとおり激甚公害を抱えることになりました。当時の日本の経済発展の背景には、安い人件費で作られた繊維製品を米国に大量に輸出することで成っていました。このことが米国との貿易摩擦の火種となり、ニクソン大統領(1969〜1974年)は、これに対抗する手段として日本を名指しこそしなかったが、環境教書で「公害を垂れ流す国が市場経済の中に参入してきた」とのメッセージを発信し、日本に圧力をかけてきました。日本政府は、やむなく公害国会を開催し、公害重要14法案を成立させ、1971年に環境庁を設立し、米国の圧力に屈服する形で本格的な環境行政に乗り出したという経緯があります。周知のとおりこの10年後、日本はOECD(経済協力開発機構)に公害を克服した国として高く評価されました。環境行政の取り組みが外圧によるものであること屈辱感はあるものの、これがきっかけに環境保全行政が促進されたことは、結果的によかったと喜ぶべきことだと思っています。

中国の深刻な大気汚染問題は、経済成長と相まって深刻さを増してきたことは多くの関係者の知るところです。中国政府は当初国民には霧であると説明していたようですが、2012年12月の米国大使館が独自に観測していたPM2.5のデータをインターネットで公開された途端、北京市政府はこれを受けて、直ちに市内35か所にPM2.5の観測機器を設置したという経緯があります。日本の環境科学者は、米国の北京大使館がPM2.5をインターネットで発表する遥か以前、1990年代初頭には中国からの越境汚染を確認しています 。でありながら、日本政府は中国政府に対してなんらアクションを取っていな状況でした。仮に、中国政府にもの申しても、何ら相手にされなかったのではないか、うがった見方をすればそれなりにもの申したが相手にされなかった、それが真実だったのかも知れません。極めて遺憾であり寂しいことですが、日本のプレゼンスとはこんなものなのです。