日本企業の「CSR」(企業の社会的責任)の取組みは、アジアで最下位?

世界が環境問題に対して、真剣な取り組みを開始したと思われるのは、1992年のリオデジャネイロで地球サミット[1]が開催された後だと、私は考える。リオサミットでは、140を超す国や関連組織が地球資源を持続的に活用するための取り決めである「アジェンダ21」を採択し、各国はこのアジェンダに沿って新たな環境関連法律の制定や改正などが整備されるに至った。特に地球資源をより効率的に活用するために、省エネルギーや省資源化を高めること、また様々な生産活動においても廃棄物を限りなく減らし、使える資源の再生や再利用に努め、さらに製品の長寿命化やバイオマスや風力など再生可能なエネルギー活用を積極的に進めるといった、環境に配慮した経済活動を含む諸々の活動に芽生え始めたように感じられた。事実、世界の企業など多様な組織が環境管理システムの国際標準であるISO14001の認証取得の高まりを見せたのも、リオサミット以後のことである。このISOの浸透に伴い、企業の環境への取組みをディスクローズすることで企業価値を高めようと、大手企業では一斉に環境管理報告書が作られるようになった。しかも、これらのレポートは関心のある者には無料で配布されていた。企業の環境への取組みは、企業価値を高めるものとして、IR(Investor Relation)情報として使われるようになり、一時は環境活動に熱心な会社の株価は値上がりするとの思惑から、SR株の取り引きが盛んに行われた時期もあった。こうした流れの中で、2000年6月にグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI:Global Reporting Initiative)[2]が持続可能性報告書のガイドラインを発表し、日本でも大手企業はこのガイドラインに沿った「環境・社会報告書」あるいは「CSRレポート」といったタイトルでレポートが作られるようになった。当初は紙媒体が主流であったこれらレポートも、省資源という視点からデジタル媒体に変わり、ネットで公開される形に変わった。いわゆるCSRレポートの基本的な考え方は、企業の存続要件として、経済的(財務的)な自立に加え、社会的貢献、そして環境への取組みの3つがバランスよく実行されることで成り立つとするもので、これを“トリプルボトムライン”[3]と呼び、企業存続の要件として説明されている。ところが、日本では2008年のリーマンショック[4]や3.11の東日本大震災(2011年3月11日)、続いて東電福島第一原子力発電所の事故などに遭遇したことにより、日本経済は一気に冷え込む事態となった。これ経済的な不祥事や未曾有の事故は、2008~2012年の京都議定書の約束年も重なったこともあって、企業のCSRへの取組みが急速に細くなってきたように感じるのは、私だけでしょうか。真山仁著「黙示」には、“CSRは画餅、所詮は本業に余裕ある企業のきれい事的の要素を拭えない”と書かれている。

そして、これを裏付けるような2014年7月⒛日日経朝刊9面に乗ったコラム「データは語る」で「アジアの消費者は価格よりも社会貢献を重視」(写真参照)、価格が高くても社会や環境に貢献する企業の商品を買う人の割合は、フィリピンが最多で79%、ついでベトナム、タイ、インドネシアと続き、一人当たりのGDPがアジアNo.1であるシンガポールは48%、日本はなんと最低で33%と報告されていた。ちなみに世界平均は55%となっている。寂しいことだが、この日経の記事は、日本が環境への取組みにおいて、世界をリードできる国家ではないことが証明されたようにも感じる。

 

[1] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/unced1992.html

[2] http://smth.jp/csr/report/2013/full/15.pdf

[3] http://homepage3.nifty.com/boxinglee/csr/word-triplebottmeline.htm

[4]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

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食品の賞味期限の表記の変更について、この日本はどこかおかしい!

この一週間、7月4日の朝日放送の報道ステーションで、ニュースキャスターの古舘氏が、食品廃棄物の多さを、月当たり500~800万トンであることを紹介した。次いで7月7日のNHKのニュース・ウオッチ9では、大越キャスターが農林水産省の統計で年に5百数十~800万トンと紹介した。ニュースキャスターは、一般家庭で一人当たり1日どれだけのゴミが出されているのか、こうした廃棄物発生量のオーダー感覚をもった形で、統計数字の紹介をしたのかはなはだ疑問に感じた。私が印象に残っているのは、真山仁著「黙示」の中の324ページに、「飽食の国、日本」につて触れ、この中に日本は年間2,189万トンの食品廃棄物を出しており、これが世界一であることが書かれていた。ニュースではこうした数字とは、およそかけ離れた数値を紹介している。ちなみに、一人当たり一日の廃棄物量が約800g~1kgとすると、1kg/日は年間365kgのゴミが発生する。これに日本の人口1億2,700万人を掛け合わすと、365kg/年✖1.27✖108人=4.63✖1010kg/年となり、これをトンで表すと4.63✖107トンとなる。家庭ゴミだけでも4,630万トンのゴミが発生している。このゴミには、燃えないもの(金属片やガラス、陶器の欠片や、萌えるものとして食べ物滓としての厨芥類やプラスチックなどが混在している。家庭ごみの湿重要で最も多いのは厨芥類で約50%[1]を占めている。家庭ごみで食品ゴミの占める割合を考慮すると、生鮮食糧品の製造や惣菜を作る企業サイドの食品の売れ残り廃棄量が500~800万トン/年(月は誤りでしょう)は、如何にも少な過ぎではありませんか。

ちなみに、養豚場から排出される年間の廃棄物量はおよそ2,000万トン/年です(日本には約980万頭の豚が飼養されている)。食品廃棄物の量は、ほぼこの量に匹敵します。「飽食の国、日本」として紹介された”日本が世界一の食べ物を捨てている国で、その量が年間実に2,189万トンにも及ぶ”という方が、どうも正しい数字のように思います。ニュースを報道する人たちは、統計数字を発表する場合、オーダー感覚を持って情報を発信される責任があると考えます。提供される統計値について、自分で検証するくらいことはやられるべきです。大切なメッセーを国民に向け行って発しているのですから。農水省によればではなく、その読み上げる数字の妥当性、少なくともオーダー感覚を持っていただき、対応を願いたいものです。

なお、私は賞味期限の表記の問題を問うより、造り過ぎの問題を指摘しても良いと考えます。日持ちしない生鮮食料品や惣菜類を、ロスなく生産・販売する新しい仕組みの検討が急がれます。ものづくりでは、余分な材料や部品などを在庫として抱えない、下請け会社が必要な時間帯に工場に届ける、しっかりタイムマネジメントを行いロスの少ない生産活動を実現しています。代用的な事例として、トヨタのカンバン方式≒”ジャストインタイム”があります。消費者のニーズする量あるいは消費量に合わせ、食品の製造あるいは惣菜の生産に取り組める仕組み、あらかじめインターネットで注文を取る、それに基づき生産に取り掛かること、ネット社会では可能になっています。テレビで双方向のコミュニケーションが可能な時代です。食材を無駄なく生産し、利用していただく仕組みづくりは、そんなに難しいことではないと考えます。

賞味期間の表記のあり方は、木を見て森を見ない付け焼刃的な手法にしか聞こえません。世界一食べ物を無駄にしている国、その汚名を払拭するには、食糧生産から流通、そして二次加工ならびに消費までのプロセスまでの革新を起こす時代が到来したと考えます。食べ物は相対的に付加価値が低い、したがって、若者はこの世界に魅力ある労働の姿があると見ていません。漁業、畜産から野菜、果物づくり実態を見ると、その大変さに多くの若者は敬遠します。そしてそれを加工する世界も同様です。人件費の安価な国や地域で大量に作られている。消費者はそれを焼くなり熱を加えるだけ。そうしたことをも省き、現在では電子レンジで「チン」で済まされます。食品を大切にしようとする動きを作り出すことも必要でしょうが、それよりも食材の絶対量を大量に確保し、これを加工する側ほうが、食品の無駄を初めから作り出していると見るのが妥当だと考えます。自由主義経済の下、儲かると見れば消費側のキャパシティーも考えずに大量生産に走る、この実態の改善が、賞味期限の表記を議論するより先決事項であると、私は考えます。

みなさんもご存知のように、スーパーマーケットやデパ地下の生鮮食品や惣菜売り場では、閉店間際になると、1時間前の製品価格の半値に下げ、売りきろうと大声を張り上げ消費を煽っています。捨てるよりは買い取っていただき、消費していただきたい。良い試みだとは思いますが、売れずに多くの生鮮食料や惣菜がウインドウに残っている姿も多々拝見します。これらはどうなるのか、当然廃棄でしょう。安く売りきろうとすることは良いことだと思いますが、それでも多くの食品が売れ残る。やはり、消費量に見合う生産システムの構築が急がれると考えます。需要と供給のバランスを考えた、生産と流通システムのあり方を、これは国家として取り組むべきだと、私は考えます。ICTの発達した今日、例えば航空券についてはネットで70%が買われているといいます。閉ざされた系を考えた場合、需給バランスのコントロールは容易です。どうでしょうか、都市における食品の売買量は既にデータとしてあると考えます。多少のアロワンス持ったものづくり。そろそろ競争の原理を見直さないと、少なくとも食の公平な分配は難しいと考えます。

年間、2,000万トンの食品廃棄物の発生は以上です(物質循環と環境汚染問題にも通じるテーマです)。

 

[1] http://www.tokyokankyo.jp/kankyoken_contents/archive/solidwaste/waste/h07-fine.pdf