ゼロ戦からMRJへ

零戦からMRJへ:https://www.youtube.com/watch?v=6m2R_4xm4jw
日本の誇る零式艦上戦闘機の初飛行は、私の生まれる8年前の1939年でした。極めて運動性能の優れた戦闘機として米国を怖がらせたようです。最高時速518km/hで、機体が軽く航続距離も長かったようです。零戦は終戦までに10,000機以上も造られたようです。
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戦後から19年が経った1964年(零戦から25年)、日本は米国から飛行機製造が許され、初めて製造した飛行機が、双発のターボプロップエンジン方式のワイエス・イレブン(YS-11)でした。座席数64席、航続距離は1,110km、巡航速度444 km/h のコミューター機として、延べ180台造られましたが、1971年に製造が打ち切られています。
聞くところによると、米国は日本に飛行機を造らせたくないという意図があったようです。理由は、航空自衛隊機は米国の戦闘機を購入し配備していますが、日本に配備された後、これら戦闘機は日本側で整備ならびに修理が行われています。適切にメンテナンスを行うには、当然、戦闘機の設計図が必要となります。日本は、米国から提供された戦闘機図面を良く理解し、整備を繰り返す中で、米国から引き渡された時よりも運動性能を始め様々な改良を加え、戦闘機の性能を大幅に向上させているようです。

こうした実態を見た米国は、正直日本に飛行機を造らせたくないと言うのが、その背景にあったようです。つまり、76年前の零戦の性能を想起させたのかも知れません。零戦から25年後にYS-11を、そしてYS-11から43年経って、日本はようやくオリジナルジェット機の完成を見たのが、三菱のMRJ(Mitsubishi Regional Jet:http://ja.wikipedia.org/wiki/MRJ)で、当初、3月25日に試験飛行が予定されていましたが、残念にも未経験による不具合が明らかとなり(ニュースから)、試験飛行は8月に延期されることになりました。

私は、決して戦争を望む者ではありませんが、日本の技術の粋を集めたジェット機が、世界の空を飛び回る姿を、早く見たいと思っています。だってそうでしょう、日本の技術力を証明する絶好の機会ですか。