パリ協定と世界秩序の矛盾

地球温暖化対策を真剣に進めるその背景に、とんでもない落とし穴があるとするなら、私たちはどのような行動をとるべきでしょうか。この後、「パリ協定」「ESG」「座礁資産」、さらに深く「パナマ文書」について触れようと考えていますが、結局、国ならびに経済活動のあり方を掘り下げることになります。それには、タックスヘイブンと言う闇(例えば、テーブルの上で1ドルの支援を申し出るが、アンダーテーブルでは10ドルを引き抜くやり方)に触れないわけにはいかないということです。経済と環境保全対策は切っても切れない関係にあります。どうも「パマ文書」は、“大規模”による負の経済活動を進めている実態が、この地球上にあることを証明することになりそうです。こうした負の実態の解明と、世界の経済社会の仕組みを徹底的に作り直さなければ、私たちは、地球を守ることは極めて難しいと考えます。

http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2016/09/8a6c85fe1cb6565eef54f6319da124bd.pdf

「環境立国・日本」を築いた人たち

私は、日本における環境汚染物質の測定分析を生業として50年、特に測定分析データの信頼性確保に向け、測定分析ラボ(試験所)の国際標準規格であるISO/IEC 17025の認定資格取得を、積極的に日本全国の環境測定分析事業者に働きかけてきました。そうした甲斐もあってか、日本のラボにおける測定分析データの信頼性向上は、現在の(一般社団法人)日本環境測定分析協会の努力の甲斐もあって、改善されてきていると考えます。

私は1995〜1999年の4年間、社団法人(当時、現在は一般社団法人)日本環境測定分析協会の会長を務めました。この間、特に米国の環境測定分析ラボラトリーにおけるデータ精度管理の実態(LIMS:ラボラトリー・インフォメーション・マネジメント・システム)について、現地調査を行った後、会長在任中に多くの事業経営者に向けて米国の実情を紹介し、優れた仕組みシステムを積極的に取り入れるよう、働きかけてきた。したがって、ISO/IEC 17025機関として登録している事業者も増えてきているのが実態です。

一方、官(国や地方自治体)が行っている「大気汚染常時監視」や河川の「水質汚濁常時監視」は、自動計測機器の精度管理手法が未確立であることから、測定データにいて、信頼性に難点があると考えています。

皆さん「トレーサビリティー」という言葉を聞いたことがあると思います。一時、輸入牛肉について、狂牛病事件などがクローズアップされ、牛肉の履歴が問われるようになりました。親牛(マザー)の病歴などから、輸入肉に影響がないか、その履歴を詳細にチェックすることになりました。牛肉の出所、生い立ちから食肉の安全性を確保しようとするものです。これが食肉分野の「トレーサビリティー」を明らかにすると言うものです。

このトレーサビリティーの考え方は、私どもが生業としている大気汚染や水質汚濁を測定する自動測定機器についても、あてはまる問題です。私どもの分野では、母牛に当たる部分を、自動測定機器の国家標準器のことをいい、これがマザーマシンと呼ばれるものです。信頼できる測定データを得るには、マザーマシンと繋がりを持っていることの証明が不可欠です。なぜならば、自動測定機器が国家標準機器(マザーマシン)を基準に校正されていることで、データの信頼性が担保されるからです。私たちは、マザーマシンによって校正された測定機器からのデータは、マザーマシンにトレーサブルであると説明しています。

ところが、日本の大気汚染常時監視や水質汚濁監視使用される自動測定機器は、マザーと繋がりを持ったものが、必ずしも使われている訳ではありません。つまり、汚染、汚濁を計測する項目によっては、国家標準機器がないものもあります。日本の地方公共団体が使用している自動測定機器から得らる測定データは、多くがトレーサビリティー体系が確保されていないと考えます。

そうした中、日本の環境大気汚染状況は、一時期の公害の酷かりし頃に比べると、大幅に改善されています。ところが、かつて1970年7月の立正中学・高校の校庭で起こった問題が、最近になって光化学オキシダント濃度の上昇から、再び注目されてきています。特に、夏場において、光化学オキシダント濃度が上昇し、注意報発令が頻発するようになってきました。

これは「再び増加する光化学オキシダントと越境大気汚染」(https://www.jamstec.go.jp/frcgc/sympo/2008border/abstract.)に詳しく紹介されているので、参照してください。こうした現象を解き明かそうと、国立環境研究所が、実際に使用されている光化学オキシダント自動測定機器の校正実態を調査したところ、校正する基準器が地方によって異なっていることが、明らかにされました。

これを受けて、日本政府(環境省)は、国際標準機器を入手し、これを国家標準機器(マザーマシン)[1]とするトレーサビリティー体系を構築しました。このマザーマシンによる“子マシーン”(第2次国家標準機器という)を用意し、この二次標準機器と整合のとれた“孫マシーン”(第3次国家標準)を用意し、フィールドのオキシダント自動測定機器の校正が始まりました。ところが、この制度が導入されて、すでに6年が経過しようとしていますが、このトレーサビリティー体系が形骸化し、オキシダント自動測定機器からの測定データの信頼性が、問われるようになってきています。

大気汚染、水質汚濁常時監視には、大気汚染では亜硫酸ガス(SO2)や窒素酸化物(NOx)があり、水質では生物化学的酸素要求量(BOD)や化学的酸素要求量(COD:UV(紫外線吸収)計が使用されている)、また溶存酸素(DO)濃度等の監視が行われています。しかし、トレーサビリティー体系が未整備であることから、地域ごとの測定値の比較は、厳密には難しいのが実態です。マザーマシンによるフィールド自動測定機器の校正体制ならびにその持続的な運用体制の構築が、喫緊の課題であると考えています

ところで、「長さ」や「重さ」の基準がバラバラだとします。店で買う反物の長さが、店によって異なる。また、肉の量り売りが店によって異なるとしたらどうでしょうか。ある店で、1mとして買った反物が、自分が持っている物指で測ると95㎝しかなかった。また、お店で1㎏として買った肉の重さが、家庭の秤では900gしかなかったとします。これでは社会秩序は混乱しますね。勿論、指物や量りについては、計量法に基づく基準器によってトレーサビリティーが担保されています。だから、私たちは安心して生活が送れている訳です。昔は、これを「度量衡」と呼んでいました。

どうでしょうか、私たちの税金を使って、環境大気汚染物質や、河川、沿岸海域の水質監視が自動測定機器を使って行われています。これら計測機器の多くは、計量法に基づくトレーサビリティー体系が未整備であることから、データの精度報償に課題を抱えています。これは、いま注目されている「PM2.5」についても、同様の問題を抱えていることになります。

私は1965年に、初めて大気中の浮遊粉じん中の重金属分析を手掛けて、今年で満50年になりました。このような背景もあって、今般の「環境新聞社」が企画した『「環境立国・日本を築いた人たち』[2]の一人として選ばれ、自伝が掲載され広く皆様のお目に止める機会ができましたことは、誠に光栄であります。しかし、一方で、日本の大気汚染、水質汚濁の精度管理体制が未確立である現状を、鑑みると素直に喜べないのも実態です。

計量法で定められたている基準は、長さや、重さだけではありません、温度や気圧を計る計器についても基準があります。例えば、日本貨幣価値が、地域によって異なるとしたらどうでしょうか、社会的な混乱が生じるのは、火を見るよりも明らかです。貨幣、長さ、重さ、圧力、温度等、生活基盤をなす基準がないとなると、やはり大きな問題です。

私は、環境汚染物質の計測についても、計量法(度量衡)に基づき、マザーの存在が不可欠と考える人間です。故に、環境汚染物質測定の精度管理が大切であると訴え続けています。

経済的に豊かになった日本、加えて、劇的に環境(公害)改善を果たすことができた日本、世界に通用する「環境立国」になるためには、官が行っている大気汚染や水質汚濁の常時監を、トレーサビリティーが担保できる体制の確立を急ぐことを、求めている一人です。

[1]http://www.pref.chiba.lg.jp/wit/taiki/nenpou/documents/ar2011taiki004.pdf

[2] http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2015/11/66af8f1dd26c7151889e9d3a4b53e510.pdf

 

国際情勢下における日本国の立ち位置について

文化の日から、すでに1週間が過ぎようとしています。多くの皆さんはご存知だと思いますが、インターネットが、国家を動かす出来事が2010年〜2011年にかけて起こりました。それは「ジャスミン革命」と呼ばれました[1]。極めて穏やかな響きを持つ民主化運動が、チュニジアで起こりました。チュニジアの首都は、チュニスと言いますが、日本の国際ロータリー(Rotary International:RI)では、この国からの交換留学生を受け入れた実績があります。私が所属していたクラブでもチュニジアの交換留学生がいました。極めて優秀で好青年だったことを記憶しています。 

アラブの国々が民主化される。当該国のみならず、国際的な支援活動を行っている国際ロータリー(RI)も、こうした動きに大きな期待を寄せていたと思います。それがどうでしょうか、あれから4、5年が経った今日、イラク、シリア、トルコ、エジプト、イスラエル、パレスチナなど、中東の国々は安定に向かうどころか、一層不穏な状況にあるのが現状です。日本のトルコ大使館での選挙投票日における、トルコ人とクルド系トルコ人との争いは、一つの縮図を見る思いでした。中東の国々が、如何に不安定で悲惨な状況にあるか、注目している人々にとっては、悲しく憂慮していることと思います。 

例えば、シリアで亡くなった米兵の数は、2015年10月25日現在で約4.500名、負傷者の数は3万2千人にも及んでいます[2]。何故、民主主義に向かおうとした動きに、水がかけられ、むしろ以前より、より不安定な社会情勢になってしまったのか、日々平穏に暮らせている私達には、理解に苦しむのが実情ではないでしょうか。これら紛争を阻止するために派兵された兵士が死亡したり、また負傷者が出るたびに、阻止力を維持するために、その補充が行われています。これら補充兵の多くが10代や20代そこそこの若者(infaint soldiers)だというではありませんか。彼らは、志願兵もいれば徴兵された者もいるでしょう。でも、どうでしょうか、この統計数字は2010年からの5年間の実績数ですが、少ないとか、多いいとか言う前に、兵士の死者や負傷者の数、あるいは戦闘に何ら関係のない一般人の人々の被害状況を考えると、“知恵ある猿は何をしているのだろうか”、いらだちを強く覚えます。「成長」「発展」「夢の実現」「豊かさ」「安全」「安心」「安定」といった無縁の社会環境が現存する事実に対して、無力である私達の姿、本当にこれで良いのでしょうか。 

日本は、「安保法制」を巡って、多くの学生や市民、また政治団体などによるデモがありました。「安保法制」の危険性を問う人々の気持ちは分からないではありませんが、この日本は、自分の国のことしか考えていないように思えてなりません。自分たちの「安全」「安心」「安定」しか、見ようとしていないように思えるのは、私だけでしょうか。 

この小さな地球で、一国の独立国として国際的にどう振る舞うべきか、他国のことをもっと考慮し、行動できる国家になることを、日本は求められていると思っています。これが、世界が求める日本の姿であり、このことに応えられる国家としての姿を、他国に受け止めていただく必要性があると考えます。何も、積極的に戦争に参加し、死者や負傷者を出せと言っているつもりはありませんが、紛争地帯で戦を阻止するために戦っている国家と兵士は、実に多くの血を流しています。 

「戦争放棄を掲げた憲法」が通ずる地球の地域(国々)は、どこにあるのでしょうか。皮肉にも欧米先進国の実態は、武器輸出を通し、紛争の温床を作ってきたことは、一面の事実だと私は見ています。戦いが起これば、武器商人(国家を含む)は潤う。こうしたことを許さない毅然とした行動がとれる国家、これに立ち向かうには、無手勝流では通用しないのが現実だと、私は考えます。何故、若い命が失われなければならないのか。日本とは、一見無縁のような地域情勢に目をやり、行動を起こせる国家、それが日本国に求められている姿だと私は思っています。

[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%9D%A9%E5%91%BD

[2] http://web.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/iraq/casualty.htm 

 

地球温暖化を食糧生産(主に家畜の飼養)の観点から見た景色

地球温暖化を食糧生産(主に家畜の飼養)の観点から見た景色:地球上に飼養されている家畜の数は700億頭で、このうち2/3は工場式畜産によると紹介されています[1]。つまり、470億頭はストレスを抱える環境で飼養されています。動物もそうですが、過酷な環境で育成されたものを口にすることは、人にとっても決して受け入れるべき食べ物ではないということが、同書籍で紹介されています。「ファーマゲドン」の副題には、「安い肉の本当のコスト」は、例えば「ハンバーガーの真のコストは1万円」と書籍の帯には記されています。

人間の旺盛な食欲が、過剰の食物生産システムを造りだし、大気汚染、土壌汚染、水質汚濁、はたまた温暖化を加速する要因となっていることは意外と知られていません。家畜700億頭は、人間の人口が2015年現在72、3億人と考えると、その約10倍に匹敵します。これら家畜の飼料は、多くが大豆やトウモロコシで、これらは人間の食糧源であることは言うまでもありません。人間一人が生きていく食物量は、穀物で換算して180㎏/年と言われています[2]。ちなみに2012年の世界の穀物生産量は24億tで、これを人口71億人(2012年)で除すと、340㎏/人となります。つまり、今日では全世界の人々に十分に行き渡るほどの食糧生産を実現していることになります。ところが、実際は8億数千万人の人々が飢えているのが現状です。

一方、先進国では、現在の家畜の飼養方法に大きな疑問を投げかけています。家畜における工業式畜産とは密集形態による生産方式を言います。つまり家畜が身動きのできない狭い空間に押し込められ、飼料を口から流し込まれます。家畜の密集リスク回避をするために、多量の抗生物質が使用されます。また、ペニシリンなど予防接種が当たり前に行われ、言い換えれば薬漬けの状態で飼養されていることになります。例えば一般的に、鶏は成鶏になるまでには約4、5月(120日〜150日)掛かりますが、工場式畜産では、およそ7週間(50日)で肉として出荷に耐える目標体重に達しているのが現状です。

ここで言いたいことは、私たちは愛玩動物である犬、猫に関する思いやり(Compassion:コンパッション)については関心が高いのですが、日ごろ口にしている牛、豚、鶏等の家畜に対する「思いやり」に欠けていると指摘している団体があります。それが“コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(Compassion in world faming:世界の家畜に思いやりを)です。ストレスを掛けられ飼養された家畜の肉などの食材と、人間の健康状態とに大きな相関があると指摘しています。密集状態の環境で抗生物質や様々な薬物が投入された家畜の肉は不健康で、この肉を食する人間も不健康になるというものです。先進国では有り余る不健康な食材を口にする人々の多くは、身体的、精神的不都合を抱えている可能性が高いと説明されています。

私が50年前に公害問題を手掛けたころに、ベストセラーになった書籍に、レイチェル・カーソン著「沈黙の春」{1962年、日本語訳は1964年に『生と死の妙薬―自然均衡の破壊者〈科学薬品〉』}がありました。今日、日本の農業における農薬の使用量は世界一と言われています。幸いにも、農薬の使用タイミングや量の規制、管理が行き届き、農作物のへの残留農薬の量は一頃よりは大幅に削減されたと言われています。しかし、厳密なセンサスが行われその実態を調査し、国民に報告される形とはなっていないのが実態です。今のところ、農薬による土壌汚染、河川や地下水の水質汚濁などの厳しい汚染が明らかとなったとされる報告ありません。

家畜の生産についても、欧米のような密集飼養状況と比較すると、それほどまで厳しい状況にはないのかも知れませんが、生産性を上げコスト競争力を考慮すると、欧米に類した密集型家畜生産システムの方向を選択する動きは見られます。日本における家畜による環境汚染問題は、悪臭、水質汚染(地下水を含む)、病害虫の発生など、地域によっては深刻な状況にあることは間違いありません。

冒頭で紹介した通り、全世界で700億頭の家畜が飼養され、その2/3が健全な飼養状況にないことの指摘は、家畜そのものの不健康さに加えて、環境汚染問題も極めて深刻であることは言うまでもありません。いわゆる「畜産公害」に加えて、排せつ物による温暖化物質の大気への放出も、見過ごせないレベルであることは容易に理解できます。炭酸ガス(CO2)はもとより、メタン(CH4)や亜酸化窒素(N2O)の排出量は、化石燃料の燃焼によるCO2を凌駕しないまでも、相当に大量である点は見過ごせないと考えます。その意味で、温室効果ガスの排出抑制の観点からの、家畜飼養のあり方を考える時代が到来したとも言えます。ちなみに、日本における家畜からの温室効果ガス排出量は1,210万t-CO2(2010年)で、総量13億 5700 万トン CO2の1%に相当すると見積もられています[3]。家畜頭数は、全部で3億2,160万頭に達しますが、このうち鶏が95.8%を占めており、豚は3%の954万頭、牛(乳牛、肉牛)は1.2%の396万頭となっています。

フィリップ・リンベリー、イザベル・オークショット著「ファーマゲドン」に記載されている内容には、人間が食糧とする家畜のみならず、野菜なども含め、密集形態による栽培・育成を可能な限り避け、動植物に対して“思いやりの心”を持った生産ならびに栽培手法を進めなければ、人間の健康に跳ね返っていくとされています。「畜産の集約化は、食べ物の栄養価を破壊しているも同然である」(p.213)、「肥満動物の肉を食べれば、肥満になります」(p.214)など。つまり工業型畜産では、家畜を太らせるように品種改良を行い、ただ檻の中でひたすら餌を食べ続ける。当然、脂肪分が多くなり、健全とは言えない肉として世に出回ることになります。

一方、700億頭もの家畜から排せつされる糞尿は、メタンや亜酸化窒素といった温暖化物質を大気中に放出します。こうして見ると、農業分野における健康な食糧生産に加え、温暖化対策をも考慮した農産物の生産も、重要であることが理解できると思います。食糧生産に思いやり(Compassion)を持った動きは、決して最近に起こった考えではなく、1960年代にはこうした活動が開始されています。環境問題は、巡り巡って私たちに跳ね返ってくるものです。こうした取り組みの必要性について、改めて強く実感した次第です。

[1] フィリップ・リンベリー、イザベル・オークショット著「ファーマゲドン」p19より

[2] http://www.chikyumura.org/environmental/earth_problem/food_crisis.html

[3]http://www.maff.go.jp/j/council/seisaku/kikaku/goudou/16/pdf/doc1.pdf

 

シーシェパードが制作したドキュメンタリー「ザ・コーヴ」は、動物虐待に当たるのか?

シーシェパードが制作したドキュメンタリー「ザ・コーヴ」は、動物虐待に当たるのか。

2015年5月13日の日経朝刊の「春秋」に、 和歌山県太地町のイルカ漁を描いた、米国のアカデミー賞のドキュメンタリー部門でオスカーを取った「ザ・コーヴ」の紹介から、日本の水族館のイルカは太地町の漁師が水族館用に捕獲したものと知った世界動物園水族館協会(WAZA)が、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとの紹介がありました。太地町からのイルカの調達を止めないと、他の動物について海外から提供が受けられなくなるというものです。

イギリスの動物福祉団体“コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(Compassion in World Farming:CIWF)”という組織は、家畜の飼養や魚などの養殖において、動物福祉を考慮した対応が必要であるとの考えを世界に発信しています(出展:ファーマゲドンより)。現在は、牛や豚、また鶏などの家畜は、バタリーケージやソウ・ストールと言った身動きのできない檻の中で、しかも極めて密集した状態で飼養されているケースが多く、加えて家畜に与えられる餌も遺伝子組み換え作物(GMO)であるトウモロコシや大豆の飼料に、育成を速めるための栄養剤やホルモン剤などが混ぜられ、病気の予防のために抗生物質や、ワクチン注射などが定期的に行われているようです。身動きのできない空間で餌を流し込まれるように食べさせられ、出荷を早めるために育成期間の短縮が驚異的に図られているようです。例えば、A4判1ページ相当の空間しかないバタリーケージに押し込められた鶏は、羽ばたきもできず、ストレスから隣の鶏を突っつき怪我をさせることから、嘴が切られています。その切り方も粗野で、切られる嘴の格好はまちまちだということです。こうした状態の密集型飼養は、動物に対して多大なストレスを与え、その状態で造られた肉は不健康な肉であり、人間にとって良くない食べ物となっていると紹介されています。強制的に早期に太らせるホルモン剤は、当然、肉に残留しており、それを食べる人間もその影響を受けると言うものです。

先進国は勿論、開発途上国でも最近はファーストフード店が増えてきています。こうしたチェーン店は、密集型畜産(「工業型農業」という)で量産される安価な肉を仕入れ、これらを使った様々なメニューが用意され、私たちの口に入ります。特に、ハンバーグやチキンナゲットと言った食べ物を食べ続けると、肥満になるとも言われています。

要するに、家畜やその他動物を工業型農業手法で育てることは、動物にストレスを与え、加えて、病気の感染予防のために抗生物質が入った飼料が与えられています。家畜の主な食糧であるトウモロコシや大豆も、遺伝子組換えを行った種子(GM種子)を使って育てられたもので、これら遺伝子組み換えによる生産物(GMO)は、直接・間接に膨大なエネルギーと水を使って育てられたものと言えます。ここで言うエネルギーとは、GM種子の開発行為には、直接・間接に膨大なエネルギーが消費されています。つまりエネルギーの多消費により生まれたものと言えます。そして、圃場では、従来の作物(トウモロコシ、大豆等)に使用した農薬や殺虫剤とは、比較にならない強力な農薬ならびに殺虫剤が使われていると言われています。これは大地に化学物質を大量にまく結果となり、土へのストレスは極めて大きなものとなり、土壌、水質、大気汚染のもととなっています

こうした中で、今日ではすでにその強力な農薬や殺虫剤に対して耐性を持つ病害虫が生まれてきており、GMOのさらなる改良が必要になっていているようです。例えば、トウモロコシを枯らす根切り虫を寄せ付けないGM種子が造られ、当初は効果があったようですが、既にそのGN種子に耐性を持った根切り虫が現れてきているようです。笑えない話ですが、映画“メインブラック”のような、さらに耐性をもった病害虫や細菌類の出現は、当然、考えられることです。こうした工業型農業はエネルギー多消費型であり、極めて環境負荷の高いやり方といえます。

アカデミー賞のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の話から拡散してしまいましたが、この「工業型農業」が最も盛んな国は米国です。その技術が南米のブラジルやアルゼンチン、そして中国等でも受け入れられ、動物虐待と言える生産形態が取られている事実を鑑みると、米国に本部を置く「シーシェパード」が強引ともいえる手法で、「ザ・コーヴ」の対象とした和歌山県大地町のイルカ漁を、一方的に非難することができるでしょうか。

自分たちの足元に、動物虐待と言える家畜飼養や養殖が行われている事実を棚上げし、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとは。何とも物事の公平さに欠ける措置のように、私は感じてなりません。イヌイットのアザラシ猟などは、自分たちが食べるものだけで乱獲をしない。日本のイルカ漁も、昔からの伝統を守り乱獲している訳ではありません。

私は、コンパッション・イン・ワールド・ファーミングの活動は、とても素晴らしいと感じました。工業型農業が最も進んでいるのが米国や南米、ヨーロッパ、あるいはオーストラリアもそうかも知れません。シーシェパードは、米国の組織、設立者はグリーンピースを脱会したカナダ人であると紹介されていました。

欧米人は、木を見て森を見ない人種が多いのか、WAZAあるいはシーシェパードの連中に、工業型農業のあり様について、どう思われるか聞いてみたいものです。『貴方達は、牛、豚、鶏の肉、さらに養殖魚あるいはエビ等を食べない、完全なベジタリアン(vegetarian)なのですか』と。今、世界で起こっている地球環境に負荷を与えている国はどこでしょうか。シーシェパードの面々が、ISO 26000に則った活動に異存がないと言うならば、行動を起こす対象が間違っているのではないでしょうか。行動に対する説明責任(accountability)を持っているというのなら? 矛盾した行動は社会を混乱に陥れるだけで、無責任と言わざるを得ません。日本にもシーシェパードの支部があるようですが、如何なものでしょうか?

エコ文明への転換期に投入した人類(山本良一先生)

エコ文明への転換期に突入した人類 (2)

山本了一先生は、日本の環境問題を「エコ・プロダクト」という観点から、より環境負荷を軽減した物作りの視点から各界に働き掛けてきた、日本のオピニオンリーダーです。ご存知の通り「エコ・プロダクト」は、毎年12月開催される一環境大イベントに発展してまいりました。一昨年には、天皇、皇后両陛下も会場に足を運ばれるほどに、認知度の高まった大会へと育ってまいりました。山本良一先生は、このエコ・プロダクトの創始者でもございます。この偉大な先生に、これから新しい視点にチャレンジしようと試みようと企画した季刊誌、「環境コミュニケーションO号」に、トップインタビューとしてご登壇願いました。

山本良一先生は、冒頭で「日本の地球環境への認識は遅れている」と強く警鐘を鳴らしています。添付のファイル記事の中身には、様々な角度で、地球環境が深刻な状況に置かれつつあることを、ご指摘いただき、今後の私たちの生き様の方向性についても、お示しいただいております。例えば、先進的な企業では、イギリスのNGOが始めたCDP(カーボン・ディクロウジャー・プロジェクト)で、日本の企業が優秀な得点を取っていること。そして、これからの私たちの生き様として「エシカル」を引き出し、エコ・イノベーションに加え、ソーシャル・イノベーションの同時進行が求められることなど、極めて示唆に飛ぶお話をしていただきました。

紙のマガジンは、読まれるとその活字の命は極めて短い。奥の深い話も、言葉も直ちに忘却の彼方へ忘れ去られてしまいます。そうしたこれまでの紙文化のあり方をWeb.というメディア使うことで、もっと長生きさせる。一方通行であったコミュニケーションのあり方を双方向に、それを模索し、発刊しようと考えているのが、季刊誌「環境コミュニケーション」です。誌面と誌面との時空をWeb.で結び付ける。そんなコミュニケーション誌を作りたい。これが、主宰「谷學」が考える夢であります。

その意味で、山本良一先生には、しょっぱなから思いテーマを私たちに投げかけていただきました。「O号」ですが、これをこのままにしておくのは、前述した双方向を目指すマガジンとしては許されません。そこで、谷學が運営しているサイトで、添付ファイルとして山本了一先生のインタビューの全文を紹介させていただきました。http://os-lab.info/wp/wp-admin/post.php?

そこで、誠に勝手なお願いでありますが、是非、多くの関係者(ステークホルダー)の皆さんには、是非インタビュー記事をお読みいただき、ご意見をお寄せいただければ、幸いに存じます。環境問題については、極めて多くの方々が強い関心を持たれていることは分かっておりますが、これらの方々一人一人の思いが、必ずしも世の中で表現され、関係者間のとのコミュニケートが活発になっているようには感じられません。環境コミュニケーションズは、季刊誌「環境コミュニケーション」を通し、双方向の環境メディアとして輪の拡大を図りたいと考えています。「温暖化地獄」を、是非阻止しようではありませんか?皆様からのご意見、お待ちしております。

 

季刊誌「環境コミュニケーション」の発行

エコロジカルなセールステークホルダーを結びつける! http://www.kankyocoms.co.jp/をクリックしていただき、お申し込みをいただければ幸いです。現在、4月に「春号」を出版するために準備を進めております。また、年間購読者の募集も行っております。今日、紙媒体の情報誌は、多くの方々にお目通しいただけることが難しいことから、4月の「春号」からは、Web.とのコラボレーションを企画しております   広告をいただけるお客様にも、広告が紙面で終わってしまわないように「QRコード」を刷り込み、直ちに広告をいただける会社様の、あるいはNGO、NPO様のサイトに飛んでいるようにすることを前提に、広告募集も行っております。雑誌「環境コミュニケーション」の前身は「公害と対策」「資源環境対策」へと誌面タイトルが変化してまいりましたが、やはり、私たちが求めてます情報誌は、インタラクティブ(双方向)のコミュニケーションが取れる時代へと突入したと、主宰である谷學は感じてじております。紙+ネットこの両メディアのコラボレーションが大切な時代をむえました。季刊「春号」以降は、新たな試みとして、このメディアがどこまで、多くの関係者(ステークホルダー)と,誌上あるいはWeb.上でコミュニケートできるか、楽しみでもあり、またそれを高められるものに向けて、努力してまいりたいと考えております。 左は、「0号」の表紙だけですが、次回は、コンテンツを掲載し、実際にお読みいただき、皆様のご意見えをお聞かせいただければ幸いに存じます。また、重ねてご紹介させていただきますが、http://www.kankyocoms.co.jp/をクリックいただければ、「0号」を無償でお届けさせていただきます。 同号には、世界のオピニオンリーダーが、以下のような厳しい指摘がなされています。 ・日本の環境問題は、欧米に比べ20年遅れいている ・日本の環境への取り組みは、「公武合体」方式ではなく「倒幕」型でなくては前進は見られない ・CO2(炭酸化ガス)の90%以上は、海水に吸収されるが、これは広島型原発の40万個分に相当するエネルギーだ

経済格差が進行している中国と拝金主義の弊害について

中国は、明らかに経済的に豊かになったことは事実ですが、持てる者と持てない者との格差が拡大しています。その指標として使われる“ジニ係数”(0.4以上になると警戒状態、0.5以上は社会が不安定化する[1])がありますが、中国のジニ係数は限りなく0.5に近づいています。ちなみに、私が初めて中国北京に訪問した1985(昭和60)年のジニ係数は0.331でしたが、2013年には0.473となっています。ここ最近で限りなく0.5に近づいた年は、北京オリンピックが開かれた2008年で、0.491でした。昨今の中国事情を考慮すると、表面的かも知れないが2008年から2014年の6年間で経済格差が縮小・改善されていると見えるでしょうか。都市部の人々の豊かさと農村部との格差は、ますます広がっているように思います。また、中国は都市部に住む人々の間でも、経済的格差が広がってきている。大学は出たけれども、職がない。「蟻族[2]」の存在はまさに格差を象徴する姿だと思います。

水は文明を支配する-中国国家の水汚染は、国家の存亡に通じる-

本題に戻りましょう。中国の水汚染は極めて深刻です。私の個人的見解ですが、文明の崩壊の大きな要因に水問題があります。黄河文明も、メソポタミア文明も、はたまたエジプト文明も、ローマ文明も、衰退の大きな原因の一つに水の枯渇が挙げられます。その原因は森林の消失により水の保水力をなくし、水を枯渇させてしまったことにより文明が滅びた。私は現在の中国の水事情を見て、もしかしたら中国は水で滅びる国家ではなかと危惧しています。中国の一人当たりの水資源量は世界平均の1/4、日本の2/3程度です。急激な成長により水需要は膨大に増えていますが、中国は需要を満だけの水が不足しています。主要河川、湖沼などの表流水はすでに汚染されており利用に当たっては、殆ど前処理(浄化)を必要としています。汲み上げが比較的容易な地下水の80%が汚染されているといいます。長江以南は、表流水に依存していますが、大穀倉地帯を抱えるは黄河流域と東北部は、表流水が少ないために地下水に依存しています。

[1] http://synodos.jp/wp/wp-content/uploads/2014/02/graph12.pn

[2]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%9F%BB%E6%97%8F

日本はニクソン大統領の脅しを受け、環境行政に力を入れ成果を上げた国

1978年の改革開放以来、中国は目覚ましい経済発展をしています。2009年にGDPで日本を追い抜き世界第2位の経済大国になりました。中国の経済発展は、果たして良かったのか悪かったのか、現時点では評価は難しいところですが、地球環境の持続性と言った点からは、大きな負荷要因を抱える国として、望ましい状況にはない。日本は、かつてニクソン大統領から「公害を垂れ流す国」と環境教書で脅かされ、慌てて公害国会を開催し、重要14法案を成立させ、1971(昭和46)年に環境庁を誕生させ環境行政をスタートした経緯があります。環境への取組みが主体的ではなかったとはいえ、日本は10年後には見事に公害を克服した国としてOECD(経済開発協力機構)に高く評価を受けました。動機はともあれ、日本人気質が公害撲滅に向かって一丸となって取組んだ結果は、環境改善という大きな成果を創り出すことに成功しました。

私の中国への思いは、経済発展の必要性は分かりますが、人命を犠牲にしてまでお金を追及するあり方は、おかしいと気づいていただきたい点です。国家のリーダーは往々にして経済発展が、リーダの仕事だと認識しているようです。豊かさが、国民が求めている姿だと思い込んでいる節があります。団塊の世代が後期高齢者に近づこうとしています。3人に1人の老人大国がすぐそこに迫っています。高齢者破綻、孤独死、過疎を通り越し限界集落化している地方の村、高度経済成長を続けてきた先の姿は、このような老人が不安の感じる、不都合な社会形成ではなかったはずです。

他国に脅かされても、動じない主体性を持った国家づくりを期待したい!

中国に対する戒めは、強く求めるにしても、自国日本のあり方について、もっと青春に汗し働いてきた老人に優しい、安寧に暮らせるシステム作りに、力を入れるべきです。日本が理想郷になる。言葉では簡単に言えますが、政治や経済の仕組みは、その方向を目指しているとは、多くの老人のみならず、若者も感じているのではないでしょうか。やはり、現在の資本主義では、格差を生む社会形成に合った仕組みのように思います。教育、人材育成のあり方を早急に改める必要を感じています。ICT(Information and Communication Technology )は、世代を超えて格差を生む形となっています。学校教育における浸透はもとより、社会人になった大人がこれを学ぶ機会(それを業としている人々は別です)を、またお年寄りに向けた学ぶ機会も密度高く行える仕組みをが必要だと考えます。好きや嫌いで受け止めるべきものではなく、これからの社会の恩恵を受けるには欠かせない基本的なスキルと認識していただく機会を設け、積極的な刷り込みのための取り組みが必要のように思っています。

日本企業の「CSR」(企業の社会的責任)の取組みは、アジアで最下位?

世界が環境問題に対して、真剣な取り組みを開始したと思われるのは、1992年のリオデジャネイロで地球サミット[1]が開催された後だと、私は考える。リオサミットでは、140を超す国や関連組織が地球資源を持続的に活用するための取り決めである「アジェンダ21」を採択し、各国はこのアジェンダに沿って新たな環境関連法律の制定や改正などが整備されるに至った。特に地球資源をより効率的に活用するために、省エネルギーや省資源化を高めること、また様々な生産活動においても廃棄物を限りなく減らし、使える資源の再生や再利用に努め、さらに製品の長寿命化やバイオマスや風力など再生可能なエネルギー活用を積極的に進めるといった、環境に配慮した経済活動を含む諸々の活動に芽生え始めたように感じられた。事実、世界の企業など多様な組織が環境管理システムの国際標準であるISO14001の認証取得の高まりを見せたのも、リオサミット以後のことである。このISOの浸透に伴い、企業の環境への取組みをディスクローズすることで企業価値を高めようと、大手企業では一斉に環境管理報告書が作られるようになった。しかも、これらのレポートは関心のある者には無料で配布されていた。企業の環境への取組みは、企業価値を高めるものとして、IR(Investor Relation)情報として使われるようになり、一時は環境活動に熱心な会社の株価は値上がりするとの思惑から、SR株の取り引きが盛んに行われた時期もあった。こうした流れの中で、2000年6月にグローバル・レポーティング・イニシアティブ(GRI:Global Reporting Initiative)[2]が持続可能性報告書のガイドラインを発表し、日本でも大手企業はこのガイドラインに沿った「環境・社会報告書」あるいは「CSRレポート」といったタイトルでレポートが作られるようになった。当初は紙媒体が主流であったこれらレポートも、省資源という視点からデジタル媒体に変わり、ネットで公開される形に変わった。いわゆるCSRレポートの基本的な考え方は、企業の存続要件として、経済的(財務的)な自立に加え、社会的貢献、そして環境への取組みの3つがバランスよく実行されることで成り立つとするもので、これを“トリプルボトムライン”[3]と呼び、企業存続の要件として説明されている。ところが、日本では2008年のリーマンショック[4]や3.11の東日本大震災(2011年3月11日)、続いて東電福島第一原子力発電所の事故などに遭遇したことにより、日本経済は一気に冷え込む事態となった。これ経済的な不祥事や未曾有の事故は、2008~2012年の京都議定書の約束年も重なったこともあって、企業のCSRへの取組みが急速に細くなってきたように感じるのは、私だけでしょうか。真山仁著「黙示」には、“CSRは画餅、所詮は本業に余裕ある企業のきれい事的の要素を拭えない”と書かれている。

そして、これを裏付けるような2014年7月⒛日日経朝刊9面に乗ったコラム「データは語る」で「アジアの消費者は価格よりも社会貢献を重視」(写真参照)、価格が高くても社会や環境に貢献する企業の商品を買う人の割合は、フィリピンが最多で79%、ついでベトナム、タイ、インドネシアと続き、一人当たりのGDPがアジアNo.1であるシンガポールは48%、日本はなんと最低で33%と報告されていた。ちなみに世界平均は55%となっている。寂しいことだが、この日経の記事は、日本が環境への取組みにおいて、世界をリードできる国家ではないことが証明されたようにも感じる。

 

[1] http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/unced1992.html

[2] http://smth.jp/csr/report/2013/full/15.pdf

[3] http://homepage3.nifty.com/boxinglee/csr/word-triplebottmeline.htm

[4]http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%83%E3%82%AF

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