パリ協定と世界秩序の矛盾

地球温暖化対策を真剣に進めるその背景に、とんでもない落とし穴があるとするなら、私たちはどのような行動をとるべきでしょうか。この後、「パリ協定」「ESG」「座礁資産」、さらに深く「パナマ文書」について触れようと考えていますが、結局、国ならびに経済活動のあり方を掘り下げることになります。それには、タックスヘイブンと言う闇(例えば、テーブルの上で1ドルの支援を申し出るが、アンダーテーブルでは10ドルを引き抜くやり方)に触れないわけにはいかないということです。経済と環境保全対策は切っても切れない関係にあります。どうも「パマ文書」は、“大規模”による負の経済活動を進めている実態が、この地球上にあることを証明することになりそうです。こうした負の実態の解明と、世界の経済社会の仕組みを徹底的に作り直さなければ、私たちは、地球を守ることは極めて難しいと考えます。

http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2016/09/8a6c85fe1cb6565eef54f6319da124bd.pdf

「パリ協定」を考えるに当たっての世界秩序における矛盾

  1. 「パリ協定」を考えるに当たっての世界秩序における矛盾

2015年12月12日、第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)において、参加国196カ国が「パリ協定」を採択しました。2016年4月22日には、ニューヨークの国連本部で同協定の署名式が行われ、参加した国は175カ国に達しています。序文で紹介した通り、この時同時に「パリ協定」に批准した国は、海面上昇による水没の恐れある島嶼国など15カ国でした。その後、9月4日に中華人民共和国の浙江省の省都杭州市で行われた首脳会合G20の前に、米国と中国が「パリ協定」への批准声明を発表しました。世界の2大GHG排出国が批准したことから、「パリ協定」の発効も2016年内に成立する可能性が極めて高くなったと言えます。以下詳しくは、アドレスをクリックしてください。

http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2016/09/c9ae351368173820ad920aa27c01e2fa.pdf

私たちの世界が抱える課題を考えるためのキーワードについて

サブタイトル:まもなくの「パリ協定」の発効を迎えて

現在の世界の問題を考えるに当たって、心得ておくべきキーワードについて、筆者の思いつくままにいくつか挙げてみたい。

その一つ目が、「ヴェストファーレン条約」に関連する世界秩序の問題である。中国や北朝鮮あるいは、現在の中東で起こっているイスラム過激派等による紛争などを考えると、1684年に「カトリックとプロテスタントによる30年に亘る宗教戦争に終止符が打たれ、条約締結国は相互の領土を尊重し内政への干渉を控えることが約束された」この条約に沿って、多くの国々は国家運営を進めているようだ。つまり秩序を重んじることが優先されなければ紛争はなくならない。ここで中国の例を挙げると、一党独裁で、国内では徹底した情報統制が敷かれており、加えてウイグルやチベット地区では民族紛争が、そしてネパール国境などにおいては国境紛争が絶えない。また国際法上領有権の権利は無いことが、国際裁判で判決が下った南シナ海における中国の動き、さらに東シナ海においても日本に対する覇権的な動きは、世界秩序を乱す姿そのものであ。

以下のキーワードについては、次のアドレスを参照されたい。

: http://os-lab.info/私たちの世界が抱える課題を考えるためのキーワ/まもなくの「パリ協定」の発効を迎えて160905:

 

 

 

 

 

 

租税回避地(タックスヘイブン)の仕組みと地球環境問題への取組みの無力化

1.日本企業における“タックスヘイブン”の利用業と格差社会の拡大

ニコラス・ジャクソン著の「タックスヘイブンの闇」は、2年前に読み終えました。私はある意味で、資本主義経済の実態を全く知らなかったことに気づかされました。資本主義経済の実態を知るには、日本国内だけで事業していても分からない。海外で生産活動やセールスをする過程で、財務をどのように処理すれば最大利益が得られるのか、稼ぐ方法としては多様であることを、この本は教えてくれました。タックスヘイブンは、パナマ文書によって、すでに多くの人の知るところとなりました。日本語では「租税回避地」と呼ばれていますが、企業にとって誠に都合の良い仕組みが、全世界に散らばって存在しているものです。資本主義経済は利益の最大化を求めているが故、国によって税制が違うくらいは誰でも知っていたでしょうが、材料の仕入れにおいてそれを最大限にコストとして受け入れてくれる国があり、利益については最小限の課税で済む国がある。世界で活躍する多国籍企業にとって、この仕組みを使わない手はないと、誰もが考えることです。優れた財務マンとは、こうした世界の多様な財務処理を利用し、利益を最大に持って行く者を言うのでしょう。

租税回避地を利用したビジネスが、直ちに違法という訳ではありませんが、本来は本国でもっと税金を納めることが可能なのに、これを他国に留めて蓄財を図る。資本主義経済が利益最大を追い求める制度であるならば、当然、租税回避地を利用することは「有り」と言えます。これはケイマン諸島だけの日本企業のケースですが、日本の上場会社のうちの45社は同地を租税回避地として利用していて、その額はざっと55兆円に達していると説明されています[1]

どの企業のCSR室でも、「弊社はコンプライアンスに沿って事業展開を図っていますよ」と、答えられると思います。法には従っていますが、タックスヘイブンを効果的に使って、本国での節税を実現し、利益を最大にしています。すでに多くの学者が、資本主義経済システムは修正が必要だと説いています。米国は、1%の人間が99%の経済を握っていると言われています[2]。全世界で富の偏在、すなわち格差社会が拡大している。タックスヘイブンに見られるように、経済の仕組みに大きな課題があるとの見方が強まってきているのは、間違いないと私は考えています。 

2.米国の巨大企業の破綻ならびに日本企業の破綻がもたらした新たな波紋

米国の巨大企業であったエンロン[3]は、もともとは天然ガスのパイプライン会社として設立され、エネルギー需要の拡大に伴い急成長を遂げ、世界最大級のエネルギー卸売会社の登りつめました。しかし、売上高12兆円の絶頂期に、子会社との癒着、関連会社との不正経理や取引が明るみとなり、2001年12月に経営破綻を迎えました。負債総額は2兆円に及び、失業者は何と2万人にも達しています。米国の大企業の不始末はこれにとどまらず、国際通信会社の大手であったワールドコムも、企業の再編に失敗し、2002年に経営破綻に至っています。負債総額は、エンロンをはるかに上回る約4兆7千億円でした。

これら、エンロンやワールドコムの経営破綻により、企業の財務内容の透明性が強く求められ、企業の“コンプライアンス”や“説明責任”あるいは“ガバナンス”が厳しく問われるようになりました。これが企業の社会的責任(Corporate Social Responsibility:CSR)を明らかにする、自主的な情報公開制度に発展してきました。CSRは、もともとは企業の環境保全への取組みを重視したものでしたが、1997年にグローバル・レポーティング・イニシアティブ(Global Reporting Initiative:GRI)というNGO組織が、米国の非営利団体のセリーズ(CERES:Coalition for Environmentally Responsible. Economies)と国連環境計画との合同事業として設立され、企業の社会的責任レポートのガイドライン、すなわちGRIガイドラインの第1版を2000年6月に発行しました。現在では上場企業のすべてが、このレポート書式に従ったCSRレポートを一般公開しており、2013年現在、第5版が発行されています[4]

筆者の認識では、GRIガイドラインによる企業の社会的責任レポートが出される以前に、ISO 14001(環境マネジメントシステム)に従って活動していた企業の環境保全活動実績が、環境報告書としてまとめられ、一般公開されていたと見ています。日本の企業がISO 14001の認証取得を始めたのは、品質の国際規格(ISO 9001)の教訓から、1996年に発行されると同時に認証取得に動き出した実績があります。ISO 14001規格の認証取得件数は2009年がピークで約39,500件、2011年には26,700件と、32%も減少しています[5]。 この背景には、日本の中小企業の環境保全活動への取組みが低減してきたことが、大きな要因としてあると考えられます。ISO14001に伴う「環境報告書」が盛んに作られたのは、1997年から2002年頃までの5年間で、2003年以降は「CSRレポートが」が主流となってきています[6]

エンロンやワールドコム、あるいは日本における大手証券会社の山一証券の倒産(1997年)や鐘紡の倒産(2003年)等に伴い、CSR室は、当初は企業の環境保全活動に力を入れ、その成果を環境報告書として、主に紙媒体として広く公開していました。しかし、先のGRIへの認識の高まりに加え、環境保全活動の側面だけでは企業の責任を明らかにすることは不十分との認識の高まりが、経済的側面、さらには社会的側面、つまり企業総体の実績を簡潔にレポートする責任があるとされ、経済、環境、社会の3つの要素(トリプルボトムラインという)を含んだ「CSRレポート」、あるいは「環境社会レポート」という形に変わってきました。このレポートの性格として、環境保全への取組みに重きを置きつつも、経済的側面や社会貢献(コミュニティーへの参加等)の活動実績も取り込まれるようになってきました。

3.日本の多国籍企業のCSR室は2つの顔を持つ

筆者は、日本の企業で世界で活躍している多国籍企業のCSR室には、2つの顔があると常々思っていました。その一つは国内向けの顔で、二つ目は海外向けの顔です。

世界に進出した日本企業は、世界的なNGO、NPOによる厳しい目が注がれています。もちろん、これは日本企業だけに向けられたものではありませんが、事業の操業実態を常に厳しくチェックされており、例えば、児童労働問題や劣悪な環境での労働について、強い監視の目が注がれています。違法な行為が認められると、その情報はNGOによって瞬く間に世界に発信されます。多国籍企業は、海外における対応スタッフと、国内で環境問題や社会活動を進めているスタッフとでは、大きな緊張感の違いがあります。果たして日本のCSR室のスタッフは、「タックスヘイブン」のことを知っていたでしょうか。これはおそらく、CSR室が取り組むテーマではなく、財務や企業内の特殊なチームが取り扱っていたテーマだと考えます。

タックスヘイブンを利用したビジネスが、直ちに違法という訳ではありません。コンプライアンス上は問題なくても、タックスヘイブンが造り出す莫大な企業利益は、倫理的な側面からはどうなのか、新たな課題として持ち上がったテーマだと言えます。前述した通り、日本の上場企業でケイマン諸島におけるタックスヘイブンを使用している企業は45社に及び、その額も55兆円と高額です。また、米国の1%の人間が、99%の経済を握っているという実態を見れば、全世界における格差社会が、加速度をつけて広まっていると見ることもできます。

4.資本主義経済社会における「パリ協定」は、画餅に過ぎない危険をはらんでいる

2015年12月に「パリ協定」が採択されました。地球温暖化対策に向けて、米国と中国が合意し、これは画期的なことと世界の関係者は喜んでいます。しかし、喜ぶのはまだ早いと考えます。まず、京都議定書が採択されてから発効されるまでには、7年も掛かりました。この経験を踏まえると、「パリ協定」が実際に発効するまで、まだ道のりは遠いと考えています。加えて、何故このタイミングで”タックスヘイブン”(租税回避地≒パナマ文書)という大問題が発覚したのでしょうか。私達が合理的であると受け入れた資本主義経済システムでは、早晩、地球上の人類ならびに多くの生物が大きなストレスを抱えることになり、必然的にカタストロフィーを迎えるということの警鐘と読み取れなくはありません。自然収奪型経済システムの終焉のテーゼとして、タックスヘイブンが露見したと見られなくもありません。

イギリスのNGO組織が進めるカーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(CDP)や、グリーンピースが進める環境問題への尋常ではない抵抗活動等、これらはタックスヘイブン問題のカモフラージュとして、位置付けられた活動なのでしょうか。日本のNGO、NPO組織が、薄給をものともせず頑張っている姿を見ると、現在の企業活動≒経済活動は根本的に見直されなければ、早晩、地球崩壊は免れないのではないか、と気掛かりなのは私だけでしょうか。

[1] http://editor.fem.jp/blog/?p=675

[2] 「Newsweek」http://www.newsweekjapan.jp/stories/us/2013/09/99-1.php

[3] 「エンロン」https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%AD%E3%83%B3

[4] 「GRIとの連携GRIガイドラインの理解と普及」http://www.sustainability-fj.org/gri/

[5] 「環境問題の自主的取り組み」https://www.mof.go.jp/pri/research/special_report/f01_2013_11.pdf 74

[6] 「日本工業標準調査会 標準部会・適合性評価部会 中間とりまとめ」http://www.meti.go.jp/press/2013/04/20130430002/20130430002-3.pdf

 

日本人は、何故、食品を粗末にあつかうのか

食品リサイクル法は、2001(平成13)5月に施行された「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」[1]で、年間100トン以vvvvv上の食品廃棄物を排出する食品工場や、ホテル、ファーストフード、スーパーマーケット等の大手食品関連事業所に適用されるものです。この法律の施行目的は、2001年を起点に、2006(平成18)年までには年間排出量を20%削減させるものでした。法律の施行後5年が経過しても、食品廃棄物の排出削減目標は残念ながら達成されず、その現状に鑑み、2007(平成19)年には、食品リサイクル法の一部改正が行われました[2]。図-1には2001〜2005(平成17)年の事業系と家庭系の食品廃棄物量の推移を示しました。

図-1 家庭系、事業系食品廃棄物の排出量推移

(単位:万トン)

ちなみに、2001年の家庭系食品廃棄物量は1,250万トンで、一方の事業系廃棄物量1,100万トンを大きく上回っていました。法改正に伴う削減は事業系食品廃棄物1,100万トンが対象で、削減目標値-20%は880万トンとなります。しかしグラフから、事業系食品廃棄物は、2002(平成14)年には前年度よりも若干増え、以後、横ばいで推移していました。家庭系と事業系の食品廃棄物量を合算すると、2001〜2005年までは2.100〜2,350万トンで推移しており、年平均では2,200万トンレベルの食品廃棄物が出ていたことが分かります。

[1]「食品循環資源の再生利用等の促進に関する法律」https://kotobank.jp/word/%E9%A3%9F%E5%93%81%E3%83%AA%E3%82%B5%E3%82%A4%E3%82%AF%E3%[2]「食品リサイクル法関係省令が一部改正されました」http://www.dowaecoj.jp/houki/2015/20150901.html

 

以後は、添付の文献を見られたし。

『ファインバブル(水質技術革命)が養豚排せつ物処理の世界を変える

微細な気泡(ファインバブル:Fine Babble)が、私たちの食糧生産を助けるより持続可能な技術として認知されつつあります。ここでは初歩的な実験室実験における、養豚排せつ物(豚尿)の効果的な処理実績について、報告をさせていただきます。

 “ファインバブル”(微細な気泡)という言葉は、最近多くの人々が耳にするようになってきたと、筆者は認識しています。海の回遊魚である「はまち」の養殖や、内陸の温泉地域での「トラフグ」の養殖、さらに「エビ」の養殖についても、内陸の河川流域で養殖する技術も確立されています。加えて、野菜(葉物や苺など)についても、屋内で栽培する水耕栽培が盛んに行われるようになってきています。私たちが必要とするこれら食糧の栽培・育成方法が、大きく変貌を遂げようとしています。これらを可能にしたのは、栽培・育成に欠かせない水の革命、すなわち“ファインバブル”をより多く水中に送り込む技術の進歩です。つまり、必要とする「水質の技術革命」がなしえたものと、筆者は見ています。“ファインバブル”の登場により、水中の酸素濃度を従来の1.5倍も高めることに成功した。この技術革命により、「動植物の育成・栽培手法に革命」が起こったと、私は考えています。

以上のように、“ファインバブル”がしでかす現象が、徐々に解き明かされつつあります。水中に酸素濃度を高めることは何でもないようですが、従来の技術では莫大なエネルギーを使っても、常温水(15〜25℃)における飽和酸素濃度は8㎎4/ℓ〜<10㎎/ℓでしかなかったのが、ファインバブルを使うと1.5倍もの飽和酸素濃度にすることが可能となりました。しかも、使用するエネルギーは、従来の1/2〜1/3で可能です。

様々な分野で利用が高まり、認知度が急上昇しています。ただし、“ファインバブル”がしでかす事象の根拠を、技術的に説明した資料はいまだ極めて少ないのが現状です。

 ここでは、「豚尿の浄化試験」にファインバブルが、有効な技術であることについて、日本初の浄化試験資料を紹介します。この技術資料は、あくまでも実験室実験におけるデータに基づくものですが、数ミクロンサイズの“ファインバブル”が、豚尿を効果的に浄化する有望な技術である証拠のいくつかを明らかにできました。詳しくは「技術報告書」(参照:http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2016/01/10142672e910352dac540973dc25b8de.pdf)をご覧ください。“ファインバブル”に期待する特徴的な技術は、次の①〜⑤に示したものです。ファインバブルは、従来の活性汚泥処理法におけるバブルアシスタントとして、十分に期待できる新技術であると、筆者は考えています。

  1. 省エネルギー:従来の曝気装置の一部をファインバブル発生装置に置き換えることで、電力消費量が削減できます(既存施設の改造を殆ど必要としません)
  2. 省資源化:汚水処理は、BODやSSの負荷を下げる意味で水による希釈が望ましいが、従来のそれよりは少量で可能です
  3. 悪臭の減臭:汚水中のファインバブル(微細気泡)が、臭い物質であるアンモニアの消化反応を促進させ、尿臭は見事に減臭します
  4. 排水基準を満足する適切な汚水処理:従来の活性汚泥処理レベルの水質浄化が実現できます
  5. 余剰活性汚泥の縮減:処理水中の飽和酸素濃度が、従来手法の1.5倍もあることから、酸素による汚物の分解促進が同時並行的に起こることから、余剰活性汚泥の発生量が抑制されます。

「環境立国・日本」を築いた人たち

私は、日本における環境汚染物質の測定分析を生業として50年、特に測定分析データの信頼性確保に向け、測定分析ラボ(試験所)の国際標準規格であるISO/IEC 17025の認定資格取得を、積極的に日本全国の環境測定分析事業者に働きかけてきました。そうした甲斐もあってか、日本のラボにおける測定分析データの信頼性向上は、現在の(一般社団法人)日本環境測定分析協会の努力の甲斐もあって、改善されてきていると考えます。

私は1995〜1999年の4年間、社団法人(当時、現在は一般社団法人)日本環境測定分析協会の会長を務めました。この間、特に米国の環境測定分析ラボラトリーにおけるデータ精度管理の実態(LIMS:ラボラトリー・インフォメーション・マネジメント・システム)について、現地調査を行った後、会長在任中に多くの事業経営者に向けて米国の実情を紹介し、優れた仕組みシステムを積極的に取り入れるよう、働きかけてきた。したがって、ISO/IEC 17025機関として登録している事業者も増えてきているのが実態です。

一方、官(国や地方自治体)が行っている「大気汚染常時監視」や河川の「水質汚濁常時監視」は、自動計測機器の精度管理手法が未確立であることから、測定データにいて、信頼性に難点があると考えています。

皆さん「トレーサビリティー」という言葉を聞いたことがあると思います。一時、輸入牛肉について、狂牛病事件などがクローズアップされ、牛肉の履歴が問われるようになりました。親牛(マザー)の病歴などから、輸入肉に影響がないか、その履歴を詳細にチェックすることになりました。牛肉の出所、生い立ちから食肉の安全性を確保しようとするものです。これが食肉分野の「トレーサビリティー」を明らかにすると言うものです。

このトレーサビリティーの考え方は、私どもが生業としている大気汚染や水質汚濁を測定する自動測定機器についても、あてはまる問題です。私どもの分野では、母牛に当たる部分を、自動測定機器の国家標準器のことをいい、これがマザーマシンと呼ばれるものです。信頼できる測定データを得るには、マザーマシンと繋がりを持っていることの証明が不可欠です。なぜならば、自動測定機器が国家標準機器(マザーマシン)を基準に校正されていることで、データの信頼性が担保されるからです。私たちは、マザーマシンによって校正された測定機器からのデータは、マザーマシンにトレーサブルであると説明しています。

ところが、日本の大気汚染常時監視や水質汚濁監視使用される自動測定機器は、マザーと繋がりを持ったものが、必ずしも使われている訳ではありません。つまり、汚染、汚濁を計測する項目によっては、国家標準機器がないものもあります。日本の地方公共団体が使用している自動測定機器から得らる測定データは、多くがトレーサビリティー体系が確保されていないと考えます。

そうした中、日本の環境大気汚染状況は、一時期の公害の酷かりし頃に比べると、大幅に改善されています。ところが、かつて1970年7月の立正中学・高校の校庭で起こった問題が、最近になって光化学オキシダント濃度の上昇から、再び注目されてきています。特に、夏場において、光化学オキシダント濃度が上昇し、注意報発令が頻発するようになってきました。

これは「再び増加する光化学オキシダントと越境大気汚染」(https://www.jamstec.go.jp/frcgc/sympo/2008border/abstract.)に詳しく紹介されているので、参照してください。こうした現象を解き明かそうと、国立環境研究所が、実際に使用されている光化学オキシダント自動測定機器の校正実態を調査したところ、校正する基準器が地方によって異なっていることが、明らかにされました。

これを受けて、日本政府(環境省)は、国際標準機器を入手し、これを国家標準機器(マザーマシン)[1]とするトレーサビリティー体系を構築しました。このマザーマシンによる“子マシーン”(第2次国家標準機器という)を用意し、この二次標準機器と整合のとれた“孫マシーン”(第3次国家標準)を用意し、フィールドのオキシダント自動測定機器の校正が始まりました。ところが、この制度が導入されて、すでに6年が経過しようとしていますが、このトレーサビリティー体系が形骸化し、オキシダント自動測定機器からの測定データの信頼性が、問われるようになってきています。

大気汚染、水質汚濁常時監視には、大気汚染では亜硫酸ガス(SO2)や窒素酸化物(NOx)があり、水質では生物化学的酸素要求量(BOD)や化学的酸素要求量(COD:UV(紫外線吸収)計が使用されている)、また溶存酸素(DO)濃度等の監視が行われています。しかし、トレーサビリティー体系が未整備であることから、地域ごとの測定値の比較は、厳密には難しいのが実態です。マザーマシンによるフィールド自動測定機器の校正体制ならびにその持続的な運用体制の構築が、喫緊の課題であると考えています

ところで、「長さ」や「重さ」の基準がバラバラだとします。店で買う反物の長さが、店によって異なる。また、肉の量り売りが店によって異なるとしたらどうでしょうか。ある店で、1mとして買った反物が、自分が持っている物指で測ると95㎝しかなかった。また、お店で1㎏として買った肉の重さが、家庭の秤では900gしかなかったとします。これでは社会秩序は混乱しますね。勿論、指物や量りについては、計量法に基づく基準器によってトレーサビリティーが担保されています。だから、私たちは安心して生活が送れている訳です。昔は、これを「度量衡」と呼んでいました。

どうでしょうか、私たちの税金を使って、環境大気汚染物質や、河川、沿岸海域の水質監視が自動測定機器を使って行われています。これら計測機器の多くは、計量法に基づくトレーサビリティー体系が未整備であることから、データの精度報償に課題を抱えています。これは、いま注目されている「PM2.5」についても、同様の問題を抱えていることになります。

私は1965年に、初めて大気中の浮遊粉じん中の重金属分析を手掛けて、今年で満50年になりました。このような背景もあって、今般の「環境新聞社」が企画した『「環境立国・日本を築いた人たち』[2]の一人として選ばれ、自伝が掲載され広く皆様のお目に止める機会ができましたことは、誠に光栄であります。しかし、一方で、日本の大気汚染、水質汚濁の精度管理体制が未確立である現状を、鑑みると素直に喜べないのも実態です。

計量法で定められたている基準は、長さや、重さだけではありません、温度や気圧を計る計器についても基準があります。例えば、日本貨幣価値が、地域によって異なるとしたらどうでしょうか、社会的な混乱が生じるのは、火を見るよりも明らかです。貨幣、長さ、重さ、圧力、温度等、生活基盤をなす基準がないとなると、やはり大きな問題です。

私は、環境汚染物質の計測についても、計量法(度量衡)に基づき、マザーの存在が不可欠と考える人間です。故に、環境汚染物質測定の精度管理が大切であると訴え続けています。

経済的に豊かになった日本、加えて、劇的に環境(公害)改善を果たすことができた日本、世界に通用する「環境立国」になるためには、官が行っている大気汚染や水質汚濁の常時監を、トレーサビリティーが担保できる体制の確立を急ぐことを、求めている一人です。

[1]http://www.pref.chiba.lg.jp/wit/taiki/nenpou/documents/ar2011taiki004.pdf

[2] http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2015/11/66af8f1dd26c7151889e9d3a4b53e510.pdf

 

国際情勢下における日本国の立ち位置について

文化の日から、すでに1週間が過ぎようとしています。多くの皆さんはご存知だと思いますが、インターネットが、国家を動かす出来事が2010年〜2011年にかけて起こりました。それは「ジャスミン革命」と呼ばれました[1]。極めて穏やかな響きを持つ民主化運動が、チュニジアで起こりました。チュニジアの首都は、チュニスと言いますが、日本の国際ロータリー(Rotary International:RI)では、この国からの交換留学生を受け入れた実績があります。私が所属していたクラブでもチュニジアの交換留学生がいました。極めて優秀で好青年だったことを記憶しています。 

アラブの国々が民主化される。当該国のみならず、国際的な支援活動を行っている国際ロータリー(RI)も、こうした動きに大きな期待を寄せていたと思います。それがどうでしょうか、あれから4、5年が経った今日、イラク、シリア、トルコ、エジプト、イスラエル、パレスチナなど、中東の国々は安定に向かうどころか、一層不穏な状況にあるのが現状です。日本のトルコ大使館での選挙投票日における、トルコ人とクルド系トルコ人との争いは、一つの縮図を見る思いでした。中東の国々が、如何に不安定で悲惨な状況にあるか、注目している人々にとっては、悲しく憂慮していることと思います。 

例えば、シリアで亡くなった米兵の数は、2015年10月25日現在で約4.500名、負傷者の数は3万2千人にも及んでいます[2]。何故、民主主義に向かおうとした動きに、水がかけられ、むしろ以前より、より不安定な社会情勢になってしまったのか、日々平穏に暮らせている私達には、理解に苦しむのが実情ではないでしょうか。これら紛争を阻止するために派兵された兵士が死亡したり、また負傷者が出るたびに、阻止力を維持するために、その補充が行われています。これら補充兵の多くが10代や20代そこそこの若者(infaint soldiers)だというではありませんか。彼らは、志願兵もいれば徴兵された者もいるでしょう。でも、どうでしょうか、この統計数字は2010年からの5年間の実績数ですが、少ないとか、多いいとか言う前に、兵士の死者や負傷者の数、あるいは戦闘に何ら関係のない一般人の人々の被害状況を考えると、“知恵ある猿は何をしているのだろうか”、いらだちを強く覚えます。「成長」「発展」「夢の実現」「豊かさ」「安全」「安心」「安定」といった無縁の社会環境が現存する事実に対して、無力である私達の姿、本当にこれで良いのでしょうか。 

日本は、「安保法制」を巡って、多くの学生や市民、また政治団体などによるデモがありました。「安保法制」の危険性を問う人々の気持ちは分からないではありませんが、この日本は、自分の国のことしか考えていないように思えてなりません。自分たちの「安全」「安心」「安定」しか、見ようとしていないように思えるのは、私だけでしょうか。 

この小さな地球で、一国の独立国として国際的にどう振る舞うべきか、他国のことをもっと考慮し、行動できる国家になることを、日本は求められていると思っています。これが、世界が求める日本の姿であり、このことに応えられる国家としての姿を、他国に受け止めていただく必要性があると考えます。何も、積極的に戦争に参加し、死者や負傷者を出せと言っているつもりはありませんが、紛争地帯で戦を阻止するために戦っている国家と兵士は、実に多くの血を流しています。 

「戦争放棄を掲げた憲法」が通ずる地球の地域(国々)は、どこにあるのでしょうか。皮肉にも欧米先進国の実態は、武器輸出を通し、紛争の温床を作ってきたことは、一面の事実だと私は見ています。戦いが起これば、武器商人(国家を含む)は潤う。こうしたことを許さない毅然とした行動がとれる国家、これに立ち向かうには、無手勝流では通用しないのが現実だと、私は考えます。何故、若い命が失われなければならないのか。日本とは、一見無縁のような地域情勢に目をやり、行動を起こせる国家、それが日本国に求められている姿だと私は思っています。

[1] https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%82%B9%E3%83%9F%E3%83%B3%E9%9D%A9%E5%91%BD

[2] http://web.econ.keio.ac.jp/staff/nobu/iraq/casualty.htm 

 

日本の「環境防衛隊」の組織化に期待

1972(昭和47)年に、「国連人間環境会議」がスウェーデンのストックホルムで開催されました。私の会社、環境コンサルタントを生業とする「グリーンブルー」は、この同じ年に産声を上げています。また、この年はローマクラブが「成長の限界」を明らかにした年でもあります。18世紀に産業革命が始まり、そして、近代兵器による戦いとなった第一次世界大戦は、1914(大正3)年から1918(大正7)年の5年間にわたって行われ、多くの人々が亡くなりました。大量破壊兵器が造られたことによるものです。その後の第二次世界大戦では、1939(昭和14)年から1945(昭和20)年の6年間にわたって戦いが続けられました。第一次世界大戦とは比較にならないほどの、大勢の人々が亡くなりました。人類の夢をかなえる希望の光として見られていた科学技術が、人々の命と環境を破壊する結果をもたらしました。戦争は、現在でもあちこちで起きており、多くの尊い命の犠牲と、築いた生活基盤の破壊をもたらしています。戦争は最大の環境破壊であることは、誰もが認めるところです。自然環境は、私たち人類にとっての恵みであり、この破壊が許されないことは誰もが理解しています。しかし残念ながら、日々どこかで戦争が行われ、破壊が進められています。科学技術は、私たちの生活を豊かにするものと期待されていましたが、むしろ大規模な環境破壊をもたらしています。

私たちの地球はどこかおかしい。皆さん、そう思いませんか。第一次、第二次の大戦で、戦争の恐ろしさを多くの人々が知りました。しかし21世紀に入っても、武器を持って互いに殺し合い、さらに環境の破壊も進んでいます。再生が困難な化石燃料を多量に使用し(戦争は環境破壊と化石燃料の加速度的消費)、加えて有害化学物質を拡散させています。地球温暖化の危機が叫ばれ、炭酸ガス(CO2)の削減について議論されていますが、すでに温暖化による被害が現実のものになっています。

1989年、ベルリンの壁の崩壊で東西冷戦時代が終わり、世界は自由主義と資本主義経済の下で、豊かになれるチャンスが与えられたと多くの国民が喜びました。しかし、それはつかの間で、その後26年が経過した今日に至っても戦争はなくならず、大国は覇権争いに終始しています。

私は、環境問題に強く関心を寄せる人々には、インテリが多いと見ています。多くの一般の人々は、環境が良くなることは望んでいても、自ら積極的な行動を起こすという状況にはないようです。日本は本当に平和そのものです。お隣り中国、韓国とは、政治的にはギクシャクしていますが、争いには至っていません。経済交流、文化交流は行われています。しかし、環境問題については、改善の兆しは少ないというのが実際です。日本は21世紀に入って、欧米に続き、越境汚染の脅威にさらされるようになってきました。しかし、越境汚染の取組みには欧米とは大きく差があり、進展が見られません。「環境問題」について、具体的にどう考えどう取組むべきか、おそらく殆どの日本人は考えていないと思います。ただし、日本では、企業の環境担当に向けた、CSR活動の必要性ならびにそのレポート作成のセミナーや若者に向けた環境教育といった活動は見られますが、国際的には認知されていないのが現状だと考えます。

私は、「環境力」とは何ですか、と問われたことがあります。環境問題解決を生業としている私は、強く環境問題に関心を寄せています。そして、この問いに、私は「環境力とは戦争阻止力」だと答えました。日本の環境NGOやNPOは、インテリ層で構成されています。環境問題認識は、学生を含め一般の人々とのギャップが極めて大きい。例えば、日本でも比較的レベルの高い大学の院生に向けたゼミで、IPCC”について聞いたところ、誰一人IPCCが「気候変動に関する政府間パネル」であることを知らない。これは、環境を生業にしている者ですら知らないものが多いいことから、当然かもしれません。

日本のNGO、NPOの国際性は、極めて遅れているように思います。世界の関係機関との接点を持ち、活動が行われていることは、聞いたり、ネット等で読んだりして、知ることはできます。しかし、彼らの国際的な影響力は、殆どないに等しいと考えています。カーボン・フット・プリント(CFP)、バーチャル・ウォーター(BW)、カーボン・ディスクロージャ・プロジェクト(CDP)、ゼロエミッション、ターゲット2℃、カーボン・リサイクル・フィードバック(CRF)、エコ・エフィシェンシー(EEF)といった環境問題用語は殆ど外来語であり、日本が造り出しその活動の結果が世界的に評価され、前進を見た事例は殆どないのが実際です。

前述した通り、「環境力」とは「紛争(戦争)を阻止する力」だと、私は解釈しました。日本では、人の命はかけがえのない大切なものであるとよく紹介されますが、世界の紛争地帯で毎日多くの人命が失われていることに対して、鈍感になっています。世界の先進国はせっせと武器を造り、紛争地帯で対立する双方に武器を売り、利益を貪っています。資本主義経済とは、自然を収奪し、資本(利益)の最大化を求める経済システムです。

このままでは地球は早晩、崩壊すると警告を発する科学者。しかし、彼ら科学者の力は、現実世界の矛盾を大きく変えることには結びついていません。つまり、政治家を、人々を、動かせないのです。資本主義経済のグローバル化の加速は、オフショアビジネス(GOB;Global Outcrossing Business)を拡大させ、多国籍企業は、こぞってタックスヘイブンによる利益の恩恵を受け、富の偏在を加速させています。

2014(平成26)年現在、世界の食糧生産量は、1年間で24億トンと報告されています。一人の人間が1年間に必要とする食糧は、穀物換算で180kgと説明されています。24億トンは、現在の地球人口72億人の食糧を賄って余りある量と、試算されています。それでも7億5千万人が飢えていると報告されています。「環境資源」、「資本」、「科学技術」、「食糧」、「人材」、「武器」、「紛争」、「水」等の偏在が、今日の地球の矛盾を造り出していることは、間違いありません。

私たちを取り巻く生活環境、そして自然環境が、私たちの財産であるとの考えに異論はないにしても、日本発の地球規模の環境改善活動が、現実的効果を造り出していないことは、日本人として悲しいことです。

日本は変わらなければなりません。多くの人々がそう思っています。10年後、20年後を見据えた、世界に通用する人材育成と、その人材の世界に向けた拡散を急ぐ必要があります。 城山三郎著の「真昼のワンマンオフィス」に、日本人が誰一人いない奥地に入り込み、ソニー製品の売り込みに汗したという物語が綴られています。これからは、環境破壊防止に汗する日本人の戦士(環境防衛隊という意味)の育成が不可欠です。「地球を救うのは、日本人の使命だ」とする人材の育成が欠かせないと考えています。

シンガポールが抱える越境大気汚染問題

1.はじめに

シンガポールは、本来はマレー半島南部ならびにシンガポールおよびインドネシア(スマトラ島)で構成されていた港市国家、ジョホール王国(Johor Sultanate)の一部であった(1511〜1819年)。1819年に英国人トーマス・ラッフルが王国の許可を得て東インド会社の交易所をシンガポールに設立、1824年には、英国はシンガポールの主権を取得し海峡植民地とした。第二次大戦後、シンガポールは英国から独立し、1963年にマレーシアの一州として参加したが、1965年にマレーシア政府とリ・クワンユーの政策との確執(政策の不一致)により、マレーシアから追放された後、シンガポール共和国を建国した。

 シンガポールの面積は716km²で、これは日本の淡路島の約1.2倍に相当する。この狭い国土に、2015(平27)年7月現在の人口が547万人に達している。民族の構成は、中華系が74%、マレー系が13%、インド系が9%、その他が3%となっており、圧倒的に中華系の民族で占められている華人国家と言えよう。2014年度のシンガポールの一人当たりの名目GDP(GDP/Capita)は、日本の36,311ドルの約1.5倍の56,284ドルであり、アジアで最も豊かな国である。そうしたシンガポールであるが、かつては日本政府から開発援(ODA)を受けていた時代があり、1972(昭和47)年までに有償資金協力で127.4億円を、1987年までに無償資金協力で31.2億円を、1998年までに技術協力で239.9億円、合計約400億円に上る援助を受けていた。そうした国が、今や日本よりはるか先に往く、先進国に生まれ変わっている。

しかし、シンガポールは豊かな国でありながら、大気汚染という問題を抱えている。国内における環境規制は、極めて厳しいものの、周辺の発展途上によるインドネシアからの汚染物質の移流が大きな問題としてクローズアプされてきている。インドネシアでは、油椰子の栽培やパルプ材の農地開拓のために、大規模な野焼きが進められているが、この火種が森林に飛び火し、大規模な森林火災に発展し、その煙{「煙害」(ヘイズ:Haze)という}がシンガポール流れ込む事態となっている。ところが、解決に向けた対応の難しさの背景に、インドネシアの大手パルプ会社(アジア・パルプ・アンド・ペーパー・グループ:APP)を始め、5社が関与していることが明らかであるものの、これら多国籍企業は、オフショアのメリット(タックスヘブン)を享受する目的から、本社をシンガポールに置いている。加えて、シンガポール企業も、こうしたインドネシア企業から原料を仕入れ、製品化している会社もあり、シンガポール政府が厳しく当該企業を取り締まる状況にないのが実態のようだ。そこで、シンガポールでは、環境のNGO団体が乗り出し、シンガポールでナンバーワンのスパーマーケットであるフェアプライスや家具大手のイケア、さらには香港系のドラッグストア「ワトソンズ」などに働きかけ、インドネシアの当該企業の原材料あるいは製品販売を自粛するよう働き替えている[1]

2.シンガポールの大気汚染の実態について

 写真-1は、2015年10月2日にMarina Bay Sands Hotelからマリーナ・ベイ(Marina Bay)に向かって、朝の8時半頃に撮影したものである。天気は晴れであるが、どんよりと霞がかかったような状況で、対岸を構造物や木々を識別することが困難な状態であった。この現象は、翌朝にも見られた。始めは、朝靄やだと思って眺めていたが、日が昇るに従い明るさは増したものの、とんよりした状態は、昼過ぎまで続いた。

 写真-2は、シンガポール川の観光ボートから、Marina Bay Sands Hotelを撮ったもので、午後の2時頃になると少し青空が望めるようになったが、写真の右側の大気は、淀んで見える{ヘイズ(Haze)と呼んでおり、スマトラ島で大規模な野焼きにより発生した煙で、これがモンスーンに乗ってシンガポールを始め、マレー半島に移流してくる、いうなれば越境汚染である}。

写真-3は、同じボートからビルが林立するサイトに向かって撮ったものであるが、大気が霞んでいることがよく分かる。シンガポール川の広がるサイトには、マーライオン(上半身がライオンで、下半身が魚の像)が口から水を吐き出している。

シンガポールでは、大気汚染指数(PSI:Pollution Standard Index)を使って、汚染の度合いを告知している(表-1参照)。ちなみに、2015年10月12日現在のシンガポール・チャンギ-市のPSIは159を表示している。

PSIは、大気汚染状況を大まかに知るには便利な数字であるが、実際は地域差があり、この差を指数で読み取ることは困難である。加えて、浮遊粒子状物質汚染は、今やPM2.5の把握が不可欠であり、この観測網の整備と同情報開示が行われていない実態を見ると、GDP/CapitaはアジアNo.1であるが、人への配慮という点で途上国と言わざるをいない。

いずれにしても、2015年10月12日現在のPSIが159は、汚染度評価においては「不健康」の領域にあることを示している。アトピー患者も少なくなく、5人に1人(20%)が罹患しているとの報告がある[2]

3.シンガポールの大気汚染は、世界的に見ると

MEMORVAによる「PM2.5濃度 世界ランキング・国別順位 – WHO大気汚染データベース2014年版」[3]には、91カ国のPM2.5濃度順位が示されている。最も汚染レベルが低い国は、アイスランド7.766µg/㎥で、日本は12位で9.641µg/㎥となっている。シンガポールにはPM2.5の観測はなされていないものと考えていたが、WHOがウオッチしている値によると、31位で17µg/㎥となっている。PSIから考えて、PM2.5の値が17µg/㎥はあまりにも低すぎるように感じる。国家の平均値であると考えても、シンガポールの面積は僅か716km2であり、インドネシアからの影響を考慮すると、国家総体のPSIは平均値見ても140は超えている。

4.アジアNo.1の経済的豊かさを誇る国のジレンマ

シンガポールは、いわゆるタックスヘブン(オフショア)の国である。世界的に活躍する多国籍企業が本社や事務所を設けている国である。税金が安く、大企業にとっては魅力的なオフショアビジネスが展開できる場所として、数々の便益を得ている。これは、同時にシンガポール政府とで同様である。シンガポールが豊かであるためには、貿易ハブ港としての役割だけでなくオフショアとしての優位性を持っていることによって成立しているとも言える。かつて先進国が経験した越境環境汚染問題は、こうした性格を持つ国家はどう対処すべきか、そうでない日本からは、適切なアドバイスができる相手国ではないように考える。隣接する多くの国々が、経済を押し上げるためになりふり構わず、企業活動を推し進める。当該企業の豊かさが、シンガポールのような国にとって、豊かになる源泉である。

環境問題は、これまでタックスヘブンの国々について、触れてきた形跡がない。米国も、イギリスも、ドイツも、いわゆる欧米先進国の殆どの国の多国籍企業は、このオフショアビジネスの恩恵を受けている。ご多聞に漏れず日本の一部の企業も含まれている。

[1] アジアVIEW:日本経済新聞 10月8日 11面

[2]シンガポールでは約5人に1人がアトピー患者!?:http://column.untickle.com/atopy-singapore/

[3] PM2.5濃度 世界ランキング・国別順位 – WHO大気汚染データベース2014年版:http://memorva.jp/ranking/world/who_ambient_outdoor_air_pollution_2014_pm2.5.php