『ファインバブル(水質技術革命)が養豚排せつ物処理の世界を変える

微細な気泡(ファインバブル:Fine Babble)が、私たちの食糧生産を助けるより持続可能な技術として認知されつつあります。ここでは初歩的な実験室実験における、養豚排せつ物(豚尿)の効果的な処理実績について、報告をさせていただきます。

 “ファインバブル”(微細な気泡)という言葉は、最近多くの人々が耳にするようになってきたと、筆者は認識しています。海の回遊魚である「はまち」の養殖や、内陸の温泉地域での「トラフグ」の養殖、さらに「エビ」の養殖についても、内陸の河川流域で養殖する技術も確立されています。加えて、野菜(葉物や苺など)についても、屋内で栽培する水耕栽培が盛んに行われるようになってきています。私たちが必要とするこれら食糧の栽培・育成方法が、大きく変貌を遂げようとしています。これらを可能にしたのは、栽培・育成に欠かせない水の革命、すなわち“ファインバブル”をより多く水中に送り込む技術の進歩です。つまり、必要とする「水質の技術革命」がなしえたものと、筆者は見ています。“ファインバブル”の登場により、水中の酸素濃度を従来の1.5倍も高めることに成功した。この技術革命により、「動植物の育成・栽培手法に革命」が起こったと、私は考えています。

以上のように、“ファインバブル”がしでかす現象が、徐々に解き明かされつつあります。水中に酸素濃度を高めることは何でもないようですが、従来の技術では莫大なエネルギーを使っても、常温水(15〜25℃)における飽和酸素濃度は8㎎4/ℓ〜<10㎎/ℓでしかなかったのが、ファインバブルを使うと1.5倍もの飽和酸素濃度にすることが可能となりました。しかも、使用するエネルギーは、従来の1/2〜1/3で可能です。

様々な分野で利用が高まり、認知度が急上昇しています。ただし、“ファインバブル”がしでかす事象の根拠を、技術的に説明した資料はいまだ極めて少ないのが現状です。

 ここでは、「豚尿の浄化試験」にファインバブルが、有効な技術であることについて、日本初の浄化試験資料を紹介します。この技術資料は、あくまでも実験室実験におけるデータに基づくものですが、数ミクロンサイズの“ファインバブル”が、豚尿を効果的に浄化する有望な技術である証拠のいくつかを明らかにできました。詳しくは「技術報告書」(参照:http://os-lab.info/wp/wp-content/uploads/2016/01/10142672e910352dac540973dc25b8de.pdf)をご覧ください。“ファインバブル”に期待する特徴的な技術は、次の①〜⑤に示したものです。ファインバブルは、従来の活性汚泥処理法におけるバブルアシスタントとして、十分に期待できる新技術であると、筆者は考えています。

  1. 省エネルギー:従来の曝気装置の一部をファインバブル発生装置に置き換えることで、電力消費量が削減できます(既存施設の改造を殆ど必要としません)
  2. 省資源化:汚水処理は、BODやSSの負荷を下げる意味で水による希釈が望ましいが、従来のそれよりは少量で可能です
  3. 悪臭の減臭:汚水中のファインバブル(微細気泡)が、臭い物質であるアンモニアの消化反応を促進させ、尿臭は見事に減臭します
  4. 排水基準を満足する適切な汚水処理:従来の活性汚泥処理レベルの水質浄化が実現できます
  5. 余剰活性汚泥の縮減:処理水中の飽和酸素濃度が、従来手法の1.5倍もあることから、酸素による汚物の分解促進が同時並行的に起こることから、余剰活性汚泥の発生量が抑制されます。

シーシェパードが制作したドキュメンタリー「ザ・コーヴ」は、動物虐待に当たるのか?

シーシェパードが制作したドキュメンタリー「ザ・コーヴ」は、動物虐待に当たるのか。

2015年5月13日の日経朝刊の「春秋」に、 和歌山県太地町のイルカ漁を描いた、米国のアカデミー賞のドキュメンタリー部門でオスカーを取った「ザ・コーヴ」の紹介から、日本の水族館のイルカは太地町の漁師が水族館用に捕獲したものと知った世界動物園水族館協会(WAZA)が、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとの紹介がありました。太地町からのイルカの調達を止めないと、他の動物について海外から提供が受けられなくなるというものです。

イギリスの動物福祉団体“コンパッション・イン・ワールド・ファーミング(Compassion in World Farming:CIWF)”という組織は、家畜の飼養や魚などの養殖において、動物福祉を考慮した対応が必要であるとの考えを世界に発信しています(出展:ファーマゲドンより)。現在は、牛や豚、また鶏などの家畜は、バタリーケージやソウ・ストールと言った身動きのできない檻の中で、しかも極めて密集した状態で飼養されているケースが多く、加えて家畜に与えられる餌も遺伝子組み換え作物(GMO)であるトウモロコシや大豆の飼料に、育成を速めるための栄養剤やホルモン剤などが混ぜられ、病気の予防のために抗生物質や、ワクチン注射などが定期的に行われているようです。身動きのできない空間で餌を流し込まれるように食べさせられ、出荷を早めるために育成期間の短縮が驚異的に図られているようです。例えば、A4判1ページ相当の空間しかないバタリーケージに押し込められた鶏は、羽ばたきもできず、ストレスから隣の鶏を突っつき怪我をさせることから、嘴が切られています。その切り方も粗野で、切られる嘴の格好はまちまちだということです。こうした状態の密集型飼養は、動物に対して多大なストレスを与え、その状態で造られた肉は不健康な肉であり、人間にとって良くない食べ物となっていると紹介されています。強制的に早期に太らせるホルモン剤は、当然、肉に残留しており、それを食べる人間もその影響を受けると言うものです。

先進国は勿論、開発途上国でも最近はファーストフード店が増えてきています。こうしたチェーン店は、密集型畜産(「工業型農業」という)で量産される安価な肉を仕入れ、これらを使った様々なメニューが用意され、私たちの口に入ります。特に、ハンバーグやチキンナゲットと言った食べ物を食べ続けると、肥満になるとも言われています。

要するに、家畜やその他動物を工業型農業手法で育てることは、動物にストレスを与え、加えて、病気の感染予防のために抗生物質が入った飼料が与えられています。家畜の主な食糧であるトウモロコシや大豆も、遺伝子組換えを行った種子(GM種子)を使って育てられたもので、これら遺伝子組み換えによる生産物(GMO)は、直接・間接に膨大なエネルギーと水を使って育てられたものと言えます。ここで言うエネルギーとは、GM種子の開発行為には、直接・間接に膨大なエネルギーが消費されています。つまりエネルギーの多消費により生まれたものと言えます。そして、圃場では、従来の作物(トウモロコシ、大豆等)に使用した農薬や殺虫剤とは、比較にならない強力な農薬ならびに殺虫剤が使われていると言われています。これは大地に化学物質を大量にまく結果となり、土へのストレスは極めて大きなものとなり、土壌、水質、大気汚染のもととなっています

こうした中で、今日ではすでにその強力な農薬や殺虫剤に対して耐性を持つ病害虫が生まれてきており、GMOのさらなる改良が必要になっていているようです。例えば、トウモロコシを枯らす根切り虫を寄せ付けないGM種子が造られ、当初は効果があったようですが、既にそのGN種子に耐性を持った根切り虫が現れてきているようです。笑えない話ですが、映画“メインブラック”のような、さらに耐性をもった病害虫や細菌類の出現は、当然、考えられることです。こうした工業型農業はエネルギー多消費型であり、極めて環境負荷の高いやり方といえます。

アカデミー賞のドキュメンタリー映画「ザ・コーヴ」の話から拡散してしまいましたが、この「工業型農業」が最も盛んな国は米国です。その技術が南米のブラジルやアルゼンチン、そして中国等でも受け入れられ、動物虐待と言える生産形態が取られている事実を鑑みると、米国に本部を置く「シーシェパード」が強引ともいえる手法で、「ザ・コーヴ」の対象とした和歌山県大地町のイルカ漁を、一方的に非難することができるでしょうか。

自分たちの足元に、動物虐待と言える家畜飼養や養殖が行われている事実を棚上げし、日本の動物園水族館協会(JAZA)の資格を停止したとは。何とも物事の公平さに欠ける措置のように、私は感じてなりません。イヌイットのアザラシ猟などは、自分たちが食べるものだけで乱獲をしない。日本のイルカ漁も、昔からの伝統を守り乱獲している訳ではありません。

私は、コンパッション・イン・ワールド・ファーミングの活動は、とても素晴らしいと感じました。工業型農業が最も進んでいるのが米国や南米、ヨーロッパ、あるいはオーストラリアもそうかも知れません。シーシェパードは、米国の組織、設立者はグリーンピースを脱会したカナダ人であると紹介されていました。

欧米人は、木を見て森を見ない人種が多いのか、WAZAあるいはシーシェパードの連中に、工業型農業のあり様について、どう思われるか聞いてみたいものです。『貴方達は、牛、豚、鶏の肉、さらに養殖魚あるいはエビ等を食べない、完全なベジタリアン(vegetarian)なのですか』と。今、世界で起こっている地球環境に負荷を与えている国はどこでしょうか。シーシェパードの面々が、ISO 26000に則った活動に異存がないと言うならば、行動を起こす対象が間違っているのではないでしょうか。行動に対する説明責任(accountability)を持っているというのなら? 矛盾した行動は社会を混乱に陥れるだけで、無責任と言わざるを得ません。日本にもシーシェパードの支部があるようですが、如何なものでしょうか?

過剰な窒素化合物は人体に有毒

また、窒素で汚染された水は、これも人体に悪影響をもたらします。水が汚染されているから加熱して水を利用しようとした場合、窒素化合物(硝酸塩類)はさらに濃縮されてしまいます。米国における事例ですが、窒素(硝酸塩)で汚染された水で粉ミルクを溶し赤ちゃんへ与えたところ、身体が青くなり酸素欠乏症(ブルーベビー症候群[1])で死に至ったケースがあるようです。これは窒素で汚染された野菜の取り過ぎにおいても起こると言われています。また大量のリンや窒素は、河川や湖沼あるいは沿岸海域の富栄養化をもたらし、アオコや赤潮の発生原因となります。その結果、水中の酸素不足により魚をはじめ水生生物を死に追いやります。この他、重金属による汚染も深刻な被害をもたらす恐れがあります。土壌や河川あるいは湖を汚染する豚の排せつ物を適切に処理しないと、私達の大切な水資源に大きなダメージを与えることになります。

[1]http://d.hatena.ne.jp/n-mochi/20110401/1301640728

食品の賞味期限の表記の変更について、この日本はどこかおかしい!

この一週間、7月4日の朝日放送の報道ステーションで、ニュースキャスターの古舘氏が、食品廃棄物の多さを、月当たり500~800万トンであることを紹介した。次いで7月7日のNHKのニュース・ウオッチ9では、大越キャスターが農林水産省の統計で年に5百数十~800万トンと紹介した。ニュースキャスターは、一般家庭で一人当たり1日どれだけのゴミが出されているのか、こうした廃棄物発生量のオーダー感覚をもった形で、統計数字の紹介をしたのかはなはだ疑問に感じた。私が印象に残っているのは、真山仁著「黙示」の中の324ページに、「飽食の国、日本」につて触れ、この中に日本は年間2,189万トンの食品廃棄物を出しており、これが世界一であることが書かれていた。ニュースではこうした数字とは、およそかけ離れた数値を紹介している。ちなみに、一人当たり一日の廃棄物量が約800g~1kgとすると、1kg/日は年間365kgのゴミが発生する。これに日本の人口1億2,700万人を掛け合わすと、365kg/年✖1.27✖108人=4.63✖1010kg/年となり、これをトンで表すと4.63✖107トンとなる。家庭ゴミだけでも4,630万トンのゴミが発生している。このゴミには、燃えないもの(金属片やガラス、陶器の欠片や、萌えるものとして食べ物滓としての厨芥類やプラスチックなどが混在している。家庭ごみの湿重要で最も多いのは厨芥類で約50%[1]を占めている。家庭ごみで食品ゴミの占める割合を考慮すると、生鮮食糧品の製造や惣菜を作る企業サイドの食品の売れ残り廃棄量が500~800万トン/年(月は誤りでしょう)は、如何にも少な過ぎではありませんか。

ちなみに、養豚場から排出される年間の廃棄物量はおよそ2,000万トン/年です(日本には約980万頭の豚が飼養されている)。食品廃棄物の量は、ほぼこの量に匹敵します。「飽食の国、日本」として紹介された”日本が世界一の食べ物を捨てている国で、その量が年間実に2,189万トンにも及ぶ”という方が、どうも正しい数字のように思います。ニュースを報道する人たちは、統計数字を発表する場合、オーダー感覚を持って情報を発信される責任があると考えます。提供される統計値について、自分で検証するくらいことはやられるべきです。大切なメッセーを国民に向け行って発しているのですから。農水省によればではなく、その読み上げる数字の妥当性、少なくともオーダー感覚を持っていただき、対応を願いたいものです。

なお、私は賞味期限の表記の問題を問うより、造り過ぎの問題を指摘しても良いと考えます。日持ちしない生鮮食料品や惣菜類を、ロスなく生産・販売する新しい仕組みの検討が急がれます。ものづくりでは、余分な材料や部品などを在庫として抱えない、下請け会社が必要な時間帯に工場に届ける、しっかりタイムマネジメントを行いロスの少ない生産活動を実現しています。代用的な事例として、トヨタのカンバン方式≒”ジャストインタイム”があります。消費者のニーズする量あるいは消費量に合わせ、食品の製造あるいは惣菜の生産に取り組める仕組み、あらかじめインターネットで注文を取る、それに基づき生産に取り掛かること、ネット社会では可能になっています。テレビで双方向のコミュニケーションが可能な時代です。食材を無駄なく生産し、利用していただく仕組みづくりは、そんなに難しいことではないと考えます。

賞味期間の表記のあり方は、木を見て森を見ない付け焼刃的な手法にしか聞こえません。世界一食べ物を無駄にしている国、その汚名を払拭するには、食糧生産から流通、そして二次加工ならびに消費までのプロセスまでの革新を起こす時代が到来したと考えます。食べ物は相対的に付加価値が低い、したがって、若者はこの世界に魅力ある労働の姿があると見ていません。漁業、畜産から野菜、果物づくり実態を見ると、その大変さに多くの若者は敬遠します。そしてそれを加工する世界も同様です。人件費の安価な国や地域で大量に作られている。消費者はそれを焼くなり熱を加えるだけ。そうしたことをも省き、現在では電子レンジで「チン」で済まされます。食品を大切にしようとする動きを作り出すことも必要でしょうが、それよりも食材の絶対量を大量に確保し、これを加工する側ほうが、食品の無駄を初めから作り出していると見るのが妥当だと考えます。自由主義経済の下、儲かると見れば消費側のキャパシティーも考えずに大量生産に走る、この実態の改善が、賞味期限の表記を議論するより先決事項であると、私は考えます。

みなさんもご存知のように、スーパーマーケットやデパ地下の生鮮食品や惣菜売り場では、閉店間際になると、1時間前の製品価格の半値に下げ、売りきろうと大声を張り上げ消費を煽っています。捨てるよりは買い取っていただき、消費していただきたい。良い試みだとは思いますが、売れずに多くの生鮮食料や惣菜がウインドウに残っている姿も多々拝見します。これらはどうなるのか、当然廃棄でしょう。安く売りきろうとすることは良いことだと思いますが、それでも多くの食品が売れ残る。やはり、消費量に見合う生産システムの構築が急がれると考えます。需要と供給のバランスを考えた、生産と流通システムのあり方を、これは国家として取り組むべきだと、私は考えます。ICTの発達した今日、例えば航空券についてはネットで70%が買われているといいます。閉ざされた系を考えた場合、需給バランスのコントロールは容易です。どうでしょうか、都市における食品の売買量は既にデータとしてあると考えます。多少のアロワンス持ったものづくり。そろそろ競争の原理を見直さないと、少なくとも食の公平な分配は難しいと考えます。

年間、2,000万トンの食品廃棄物の発生は以上です(物質循環と環境汚染問題にも通じるテーマです)。

 

[1] http://www.tokyokankyo.jp/kankyoken_contents/archive/solidwaste/waste/h07-fine.pdf

 

カーボン・オフセット(J-VER)制度の疑問点

五月を通り越し、夏が到来したかと思わせる気象状況が続いている。以下の「 」の部分は、Enviro-News from Junko Edahiro No. 2325 (2014.05.13) からの一部抜粋と、その次は、私の地球温暖化に関する一つの見方を綴ったものである。

「2013年はエルニーニョ現象(地球の気温を押し上げやすい海洋・大気循環パターン)が発生しなかったにもかかわらず、1880年の観測開始以来最も気温の高い年の上位10年に入った。この上位10年は、1998年(強いエルニーニョ現象が起きた年)を除けば、すべて2000年以降で占められている。しかし、重要なのは年単位の記録よりも長期的な傾向である。地球の気温の場合、明らかに上昇の一途をたどっている。」

以上の通り、もう「地球温暖化」は周知の事実として温室効果ガス(GHG)の削減はもとより、すでに異常気象に備えた取り組み、竜巻や豪雨、巨大台風、そして猛暑などについては、今後その頻度が高くなることは間違いないとして、私たちはその対策を急ぐ必要がある。例えば、竜巻に遭遇しやすい地域の住宅は、竜巻の被害から逃れるために地下室にシェルターを設けるとか。また、野菜や果物の栽培は、ハウスでも簡易なビニールパイプとビニールシートで作られたものではなく、浸水や風、豪雪などに耐えうる堅牢な植物工場と言えるものが造られる必要があると考えている。植物工場は、かなりのスピードでその広がりを見せているようだ。コストアップにつながることは避けられないであろうが、付加価値の高い作物ならばリスクヘッジの視点から、また、植物工場における栽培面での国際競争力を持つ農業の在り方を変えるチャンスでもあると考える。要するに、異常気象の頻発によるダメージを最小にすると同時に、国際競争力のある栽培技術の確立が急がれる。

また私は、植物工場の建設部材に日本の木を多用することを推奨し、期待している。その背景には、2008〜2012年の京都議定書における温室効果ガス(GHG)の削減目標における森林吸収の取り扱いに、ある種、違和感を覚えたからである。ご承知の通り、京都議定書における削減目標値は1990年比マイナス6%であった。この目標は、京メカクレジット(CER)と炭酸ガスの森林吸収分を組み入れることで、かろうじて目標を達成したと報告されている。そもそもこの5年間のGHG削減目標は、批准国すべての排出量を加算しても20数%にしかならず、日本の産業界は、日本のみが経済競争力的に大きなハンディーを背負ったゲームで、大量排出国である中国と米国の参加がなければ効果的でなかったと、その問題点を指摘している。言い分はその通りであろうが、この2か国を同じテーブルに載せる意味でも、この第一約束期間の努力は無駄でなかったとの強い政府メッセージが必要のように思った。世界における経済競争の上で、自国が大きなハンディーを背負いたくないとする考えは分かるが、その努力をしたが故に、GHG排出削減の新しいハードルを逆に世界に提示し、新規のビジネスルールを逆提案し、国際競争ゲームを有利に仕掛けていくというアプローチがあっても良いと考える。

昨年5月のマウナロア観測所で観測された炭酸ガス濃度は400ppm、2014年の今は430ppmである。前述のEnviro-Newsのとおり気温の上昇は明らかであり、その対応策は待ったなしである。

遠回しになったが、京都議定書の森林吸収の議論は、これが決まるまでには賛否両論があり、かなり懐疑的な意見を持つ国が多かったとする記述が残っている。議論のポイントは、どれだけの国で、自国の森林経営をしっかりできているのか、それを検証する手立てがないという点にあったようだ。遡上に挙げられた森林吸収は、あくまでも適切な森林経営管理がされた上での考え方であり、殆どの国ではこの森林経営管理がなされていないというものであった。ならば、この吸収分については、京都議定書の要件から外そうとの意見が展開されたとする記述も残っている。日本は、COP3の開催国として、最終的に森林吸収分を削減目標値として組み入れることを押し切り、結果的に助けられた形となった。次回は、日本は森林経営をどの国よりもしっかり進めることで、森林経営管理の必要性ならびに優位性を国民全体で知る機会を作るとどうなるか、世界に先駆けて森林経営の理想形を作ろうではないかとする国家目標が多くの国民の間で合意され、この活動に火が付く。その一事例が、今ベストセラーになっている「里山資本主義」の考え方である。岡山県真庭市から始まって、オーストリアの森林経営の実態に学び、そして、高知県が真庭市の手法を採用したいと、県知事が真庭市に日参した話。この動きを日本全体の森林において実現させる。2020年までに国内材利用率を50%にする林野庁の目標も、これらの動きがあれば現実のものとなることが考えられる。この活動を全国で進めることを期待したい。国有林、県有林、市有林、村有林そして民有林、その管理実態には大きな違いがありすぎる。

京都議定書の約束年の期間中に、県が森林経営管理をした結果、管理目標よりも多く吸収された炭酸ガス分をJ-VERクレジットとして売り出した。この動きは比較的多くの地方自治体で進められた。しかし、ここで疑問に思う点がある。日本は2008〜2012までの5年間、日本全体の森林吸収分として1,300万t-C(炭酸ガス換算4,760万t-CO2)を目標値に組み込むことが許された。しかし、その森林の一部を経営管理し、吸収した炭酸ガス量をクレジットとして発行したということは、国連の気候変動枠組締約国会議(IPCC)が日本に許可した森林吸収分の二重使用に当たらないかということである。つまり4,760万t-CO2の一部がクレジット化されたことになる。このクレジットでカーボン・オフセットする行為は、森林吸収分の二重使用にならないかということである。私は、最近になってこの事の疑問を持つようになってきた。

それはそれとして、第一約束期間は過ぎたのだから、現在は森林経営することで生み出されるクレジットを、日本国内で使用することができるとする考え、これも無理があると考える。2013年11月、ワルシャワで開催されたCOP13で、日本は拘束力のない2020年までのGHG削減目標値として、2005年度排出実績のマイナス3.8%を約束とした。この3.8%の内訳は森林吸収分が2.8%で、実質の削減努力は1%と説明されている。このように、拘束力はないものの、日本の炭酸ガス削減量に森林吸収分を織り込んだならば、再び県単位の森林経営によって作り出されるクレジットは、二重使用になってしまわないか。

こんな疑わしいやり方を取るなら、いっそのこと日本の森林の炭酸ガス吸収量4,760万t-COを、そっくりそのままクレジット化し、森林によって恩恵を受けている価値として、国民にクレジットを買ってもらい、この資金で運用評価機関(仮に日本森林財団)を設立することを勧めたい。

日本の森林は、毎年8,000万m3作り出されるという。これは日本が1年間に、実際に使っている木材量に匹敵する。このうち国内材の利用率は27%に相当。これを林野庁は、前述したとおり2020年度までに50%以上にしたいとする目標を掲げている。安価な外材を差し置いてこの目標を実現することは極めて困難が伴う。そこで、私は植物工場を木造で建設することを提案したい。特に閉鎖型の完全制御型の工場は、エネルギー多消費施設と言えるもので、温暖化リスクを回避する堅牢な植物工場を木造で建設する行為は、日本の森林経営を盛んにすることと、植物工場が持つ温暖化の加速要因を相殺する上からも辻褄のある手法になりうると考える。まして、この植物工場が世界で競争力を持つ施設だとなれば、日本の森林育成(経営管理)、炭酸ガス吸収の明らかな加速、植物工場への木材使用が工場でのエネルギー使用との相殺に、そして他国より優れた植物工場ノウハウを持つことになるとするならば、石田梅岩の「三方よし」を上回るメリットを引き出す可能性を有することになる。

都道府県の森林経営を、(仮称)日本森林財団の資金で後押しする。ただし、適切な森林経営と森林資源の効果的活用が支援の前提となることは言うまでもない。

「梟小路 魁」が環境ビジネス書を上梓

書籍表表紙①140425

梟小路魁(オーエスラボ顧問)が、環境コミュニケーションズ社より「環境モニタリング・サービス・プロバイダー・ビジネスへの挑戦」を上梓しました。梟小路魁氏は、環境モニタリングビジネスは、これまでB to BビジネスでしたがB to Cの視点に立てば、そのサービスの景色が変わることを指摘。すなわち環境モニタリングサービスは、プロバイダーとしての性格を持つことの必要性を説いている。地方自治体の環境部局に溜まった膨大な環境情報(データ)を、分かりやすくインフォグラフィックスhttps://www.youtube.com/watch?v=QYSpTMPn3YQをふんだんに使うことで、多くの人びとに理解が得られる情報へと変化する。これからの環境モニタリングサービスは、ICT:http://kotobank.jp/word/ICTとSNS:http://e-words.jp/w/SNS.htmlの下で大きく変革する時代が到来したと述べている。

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「食品ロス、年間4万㌧減」(日経3月26日号)を読んで

ここで「食品ロス」とは、食べられるのに廃棄される食品のこといいます。農水省は2010年度の食品廃棄物が1,713万㌧で、このうち食品ロスが500万~800万㌧、率にすると29.2~46.7%になったと発表しています。「食品ロスが年間4万㌧減」とは、率にすると0.5~0.8%程度に過ぎません。真山仁著「黙示」の中で、日本を飽食の国と指摘し、日本が世界一食べ物を捨てている国であることを紹介しています。同書では何時の統計数字を使ったかは分かりませんが、年間の食品廃棄量として2,189万㌧が示さていました。先の数字と比較すると、オーダーとしては合っているように思われます。しかし、日経の記事「食品ロス4万㌧減」は、統計上では誤差範囲として扱われるのが妥当だと考えます。「黙示」と3月26日との数字の差は、476万㌧になります。

ところで、殆どの日本人は、「世界で飢えている人の数」が9億6,300万人 に達していることについて、容易に知ることができます。インターネットのGoogleサイトを開き、「世界の飢えている人口」と入力しクリックすれば、トップにウキペディア表示され、この数字が出てきます。世界の人口を70億人とすれば、飢えている人の割合は14%になります。7人に一人は飢えていることになります。
誰もが食事は楽しいものであり、特にレストランなどで、芸術と見間違うほどの盛り付けなどを見ると、感動し無意識に思わずスマホでパチリ、これをネットで公開する。極めて多くの方が、こうした行動を取られているのではないでしょうか。

さて、私たちが利用しているウエブページは、2005年では10億ページだったのが、2年後の2007年には30倍の300億ページに増えたと報告されています 。現在はそれから7年が経過していますから、単純に比例計算しますと、ウエブページは3兆1,500億ページに達していることになります。
日本は、安全、安心そして自由であることを考えると、本当に良い国だと思います。かといって、4万㌧程度の食品ロスを減らしたからと言って、あたかも食品を大切に扱っているかのような記事を掲載する新聞、如何なものでしょうか。この数字(0.5~0.8%)は統計的にはネグレクトの範囲ですよ。食品廃棄物総量(1,713万㌧)に占める「食品ロス」の比率30~50%を見てください。4万㌧という数字はこの中に隠れてしまうものです。私は、この記事はいただけないなと感じました。だってそうでしょう、店に溢れかえる食品の種類の多さとその量、あまりにも造り過ぎてはいないでしょうか。まだ食べられるものが30~50%も廃棄されてしまう。どこかおかしいと思われませんか。

先ほどのウエブの話に戻りますが、私は1度だけ、正月のおせち料理でしたか、スマホでパチリ、Facebookサイトに載せたことがあります。自分では極力食品をサイトに載せまいと心がけています。「載せる」「載せない」は自由ですから、ダメだと申し上げるつもりはありません。でも、日経の記事を読んで、この国は何処かおかしい。“サブナショナルパワー”を持つ組織に組される皆さんには、是非目覚めていただきたいものです。

地球温暖化対策に配慮した日本の農業の在り方を考える

-地球温暖化対策に配慮した日本の農業の在り方を考える-

-露地栽培を補完する完全制御型木造植物工場建設の時代到来-

  1. はじめに(温暖化に伴う異常気象が頻発)

2013年9月中旬の台風18号は多大な被害をもたらし、日本政府はこの災害を「激甚災害」に指定した。同台風による被害状況は未だ詳細には明らかにされていないが、農地や農業用水路等の農業関連の被害は、京都府と滋賀県で10億円以上になり、全国では42億円を超える見込みであることが、9月27日のNHKニュースで紹介された。

ところで、日本における2013年度の初夏から初秋にかけて、長雨、豪雨、気温上昇、強風(竜巻)等の異常気象が頻発した。それをまとめたのが表-1(出典:日本経済新聞2013年9月3日号)である。

表-1 2013年5月~9月にかけて発生した異常気象

月 日

異常気象の内容

5月24日

  • 大分県日田市で今年全国初の猛暑日

6月13日

  • 33地点/927地点で猛暑日。6月最多

7月8日

  • 山梨県甲州市などで今年初の38度超を記録

9日

  • 〃甲州市で今年初の39度超を記録

10日

  • 猛暑日が今年初の100地点を超えた

11日

  • 140地点で猛暑日。7月最多を記録

28日

  • 山口、島根両県で「特別警報」(※)相当の大雨

8月9日

  • 秋田、岩手両県で特別警報相当の大雨。猛暑日が今年初の200地点越え

10日

  • 甲府市と高知県四万十市で40.7度。40度超えは6年ぶり

11日

  • 297地点で猛暑日。今年最多

12日

  • 四万十市で国内観測史上最高の41.0度を記録

13日

  • 四万十市で4日間連続の40度超え

16日

  • 754地点で真夏日。年度最多

24日

  • 島根県西部で特別警報相当の大雨

26日

  • 53日ぶりに猛暑日ゼロ

9月2日

  • 埼玉県越谷市、千葉県野田市で竜巻が発生

4日

  • 徳島市、名古屋市、栃木県矢板市で特別警報相当の大雨。

16日

  • 台風18号愛知県豊橋市に上陸

   ※:気象庁は、2013年8月30日(金)に「特別警報」の運用を開始した。

これまで、大雨、地震、津波、高潮などにより重大な災害の起こるおそれがある時に、警報を発表して警戒を呼びかけていたが、今後は、この警報の発表基準をはるかに超える豪雨や大津波等が予想され、重大な災害の危険性が著しく高まっている場合、新たに「特別警報」を発表し、最大限の警戒を呼びかけることになった。

  以上のような頻発する異常気象現象について、NHKをはじめ日本の主だったマスコミは、これらの要因が温暖化によるものであるとの説明に極めて慎重で、最近になってようやく発せられるようになってきたと感じたのは、私だけではないと考える。

  それもそのはず、9月28日の日経朝刊の第1面に『温暖化「極端な気象」頻発』の見出しに続き、第3面には27日にストックホルムで開かれていた国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の会合で、第5次評価報告書に盛り込む研究成果についての協議が行われた。その結果、次の①~⑤が評価報告書に取り上げられることが決定され、2013年10月1日にリリースされた。

  1.  温暖化は人間活動に起因する可能性が95%以上に達する
  2. 温室効果ガスの濃度は少なくとも最近80万年で前例のない水準に達した(2013年5月にハワイのマウナロア観測所で、CO2濃度が400ppmを記録)
  3.   二酸化炭素濃度は産業革命から40%増加した
  4.  今世紀末の平均気温が0.3~4.8℃上昇
  5.  今世紀末までに海面が26~82cm上昇

この第5次評価報告書は、見方を変えれば、このままでは“温暖化地獄”は避けられない状況にあることを示唆するものである。

  いみじくも日本において、この1年間で起こった様々な自然災害(猛暑、豪雨、竜巻、強大化し台風等)は、明らかに温暖化がもたらした事象であったと言えよう。以下、論文を添付したので参照されたい。地球温暖化と植物向上の役割131014修正


 

日本農業の将来像を描いた小説:真山仁著「黙示」

この小説は、日本の農業の今日的課題ならびに将来の在り方について、ドキュメンタリータッチで書かれたものです。まず、農薬使用の是非について、ここでは稲の害虫であるカメムシ等をピンポイント的に駆除できるとされるネオニコチノイド系農薬を取り上げ、ミツバチの失踪や大量死問題、また人のアレルギー(化学物質過敏症)等にからめて展開を図っています。安定した農作物を得るには、農薬使用はやむを得ないが、その場合、このことで影響を受ける養蜂業者や関係者などとの連携のもと、農薬被害を最小限に食い止めると言った工夫により、一方的な農薬拒否ではなく共生の道を探る形で着地されています。なお、茶畑では、農薬使用が不可欠であることについて、さらっと触れています。あえて茶畑が抱える厳しさを深堀しないよう配慮したように思いました。

日本農業の産業化の動きについて、太平洋経済連携協定(TPP:Trans-Pacific Partnership)を意識したものと思いますが、経済産業省が進める「農業商工連携」、また農林水産省が進める「高付加価値産業」(第6次産業化)というテーマを取り上げています。小説では淡路島の“ジャパン・フード・バレー”プロジェクトが、経産省ならびに農水省が目指すこれからの農業の形と読み取りました。農業の産業化の一つとして、植物工場を取り上げていますが、同工場では季節や気象変化に影響を受けず安定して、なおかつ安心な作物栽培ができる。加えて、近い将来には必然的に採用せざるを得ない遺伝子組み換え作物(GMO)栽培実験などに触れた個所は、間違いなく日本農業の将来像であろうと思いました。露地物のトウモロコシの味とGMOのそれとの比較で、GMOは飼料目的などの選択的な栽培に受け入れられることを示唆したものと思います。実際にGMOで作られた農産物の加工食品は、すでに日本にも輸入されています。

日本における植物工場の歴史は、すでに20数年に亘っていますが、産業として採算性の目途が立ったのは、比較的最近であり、本格的な取り組みはこれからだと、私は思っています。経産省が進める植物工場がグローバルな視点なら、一方の農水省が進める第6次産業化は、多分に、ご当地グルメの創造といった極め国内的な施策に映りました。私見ですが、これからの植物工場は、完全制御型植物工場が主流となり、この場合、作物の栽培環境条件である「光」「温度」「湿度」「風」そして「肥料」(湛液)等々は、全てITシステムで管理する仕組みとなっています。見方を変えれば、この植物工場による農作物生産は、エネルギー多消費型産業といえます。これは、すでに運用されている植物工場における原価のうち、30~50%が電気代で占められていることからも理解できます。したがって、コスト削減の視点からの省エネルギー化の動きはあるものの、地球温暖化対策の側面、すなわち温室効果ガス(GHG)の排出抑制の観点からの取り組みは未だなようです。

真山仁著「黙示」にみる真山語録

  1. CSRは画餅:「企業の社会的責任を意味するCSRは、2000年代初頭から日本でも活発になった。所詮は本業に余裕にある企業の”きれい事”的要素を拭えない。その上2008年のリーマンショックを機に、形だけのお題目を並べているだけで、現実は殆どの活動が縮小されている」真山仁著「黙示」p99より
  2. CSRに一面の味方結局はマーケティングの一環に過ぎない気がする。利益追求を目標とする企業と奉仕活動とはあいれないのではないか。」
  3. 日本の農政の現状主業農家とは、農業収入が農業外収入を超え、65歳未満の働き手が年間60日以上農業に従事する農家を指す…コメ農家約140万戸のうち、7割の100万戸が1ヘクタール未満の農家で、農業収入が3万以下…そんな農家に1ヘクタール当たり年間95万円もの補助金を出すなど犯罪行為だ…」p132、p133
  4. 難民キャンプや紛争地帯の絶望の中の笑顔とか希望とかを撮ってこい業務指示に対して:「平和な場所で飽食の限りを尽くす連中が口にする希望の軽薄さに、はらわたが煮えくり返った。p165
  5. 飽食の国、日本:「日本は世界一食べ物を捨てている国だと言われている。その量は、年間実に2,189万トンにも及ぶ。P324
  6. 農薬が欠かせない茶葉:「茶葉は農薬の散布量が多いとお叱りを受けます。確かに農薬の残留基準値がお茶だけは高いのは否定できません。…茶葉は虫にかじられると、独特の甘みが飛び、渋いお茶になってしまいます。高級茶にとってアミノ酸成分豊かな甘みこそが命なのですが、その味が損なわれるのです。」p208